インドの法定CSR制度から見える「もう一つのCSR」
2026年7月27日
CSRと聞くと、企業が取り組む地域清掃や植林などの社会貢献活動を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。日本ではCSRは企業の自主的な社会貢献として捉えられ、近年は投資家の間でESG開示・戦略の一部として位置づけられることも多くなっています。しかし世界に目を向けると、CSR支出を制度として企業に求めている国があります。それがインドです。
今回は、インドのCSR制度に着目していきます。

責任投資推進室
水上 理菜
企業のCSR支出を法制度に組み込んだ代表的な国、インド
インドでは2013年会社法(Companies Act, 2013)および関連規則に基づき、一定規模以上の企業に対し、過去3年間の平均純利益の2%相当のCSR支出が求められています。一定規模以上の企業にCSR支出を制度的に求める例は世界的に見ても珍しく、インドはその代表例としてしばしば挙げられます。
さらに特徴的なのは、CSR活動として認められる分野が法令上のSchedule VIIに列挙されている点です。貧困削減、教育、女性支援、環境保全、農村開発、災害救援など、インドにおいて国家的に重視される社会課題が示されています。活動の方向性を企業の裁量だけに委ねるのではなく、国家が社会課題への資金流入を制度的に誘導する仕組みといえるのです。
図表1は、インドにおけるCSR支出総額の推移を示したものです。FY2019-20からFY2024-25にかけて、インドのCSR支出総額は24,965.82クロール(約4,244億円)から40,794クロール(約6,935億円)へ拡大し、約63.4%増加しました。この期間の年平均成長率(CAGR)は約10.3%となり、着実に増加しています。法制度を背景に、社会課題領域への資金供給が継続的に積み上がっていることが示されています。
(出所)Ministry of Corporate Affairs, National CSR Portalの公表データを基に筆者作成
支出の分野別構成をみると、FY24-25では教育・障がい者支援・生計向上を含む分野(Education, Differently Abled, livelihood)への支出が約18,794クロール(約3,195億円)と大きな割合を占め、次いで医療・衛生、環境関連分野が続きます。企業のCSR資金が、インド社会の基礎的課題に対して継続的に供給される構造がうかがえます。
先進国は「説明・宣伝するCSR」、新興国は「届けるCSR」
日本や欧米といった先進国のCSRと比較すると、その違いが見えやすくなります。
先進国では、CSRがESG開示やサステナビリティ戦略と結び付き、投資家・消費者・格付機関に対する説明責任の一部として位置づけられる場面が増加しています。TCFD等の開示基準が普及し、CSRの成果は定量的に測定・比較される環境が整ってきているといえるでしょう。一部には、ブランド価値やレピュテーション向上と強く結び付いたCSR活動もみられ、CSRはいわば「市場に向けて説明・宣伝する活動」として機能している側面があります。
一方、インドのような新興国では、CSRが教育・医療・衛生など基礎的社会課題への「直接的な働きかけ」として機能する場面が目立ちます。想定されるステークホルダーも、投資家に加え、政府、NGO、地域コミュニティ、従業員やその家族など多岐にわたります。企業は地域住民の生活に直接関わることで、地域との信頼関係の構築や事業基盤の安定化につながるケースもみられます。 どちらが優れているということではなく、CSRの機能そのものが、その国の制度環境や社会の発展段階によって異なるといえます。
数字に表れないCSRの価値
インドのCSRをさらに特徴づけるのは、資金の拠出にとどまらず、地域住民の行動や意識そのものに変化をもたらしている活動が存在する点にあります。公開資料や関係者から得られた情報、筆者自身の調査によれば、インフラの整備により女性の社会進出が促進された事例や、企業の工場周辺での衛生教育を通じて住民の生活習慣に変化が見られた事例、さらに農村女性への起業支援と地域の衛生啓発を組み合わせた取り組みなどが確認されています。
こうした活動とその効果は、活動後すぐに成果が表れるものではなく、開示書類やESGスコアには表れにくいといえます。それでも、人々の生活習慣や意識の変化は、中長期的に地域の市場環境や社会基盤の形成につながる可能性があります。
企業にとっても、こうした関与は将来の市場基盤を育む長期的な投資と位置づけられるでしょう。
結び
このように、CSRには社会と企業の双方に持続的な価値をもたらす、「測りにくいが、確かにある価値」があるのではないでしょうか。インドの法定CSR制度は、企業に一定の支出を求める制度であると同時に、社会課題に向き合う資金を継続的に生み出す仕組みでもあります。そして、その価値は支出額や開示指標だけでは捉えきれません。教育、医療、衛生、女性支援といった取組みを通じて、人々の行動や意識が少しずつ変わり、地域社会の基盤が形づくられていく、その過程にこそ、CSRのもう一つの役割が表れているように思います。
日本でCSRやESGを考える際にも、インドの実践は、企業と社会の関係を改めて見つめ直す一つの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。
【注釈】
・為替:1INR=1.7JPY換算した参考値
<参考資料>
●CSR Expenditure : Summary
Ministry of Corporate Affairs, National CSR Portal
https://www.csr.gov.in/content/csr/global/master/home/home.html
※当該データは取得時点の公表値に基づいており、後日修正・更新される可能性があります。
- 前回のニュースレター:議決権行使から見えてくる業種ごとの課題



