役員報酬にTSR導入は有効か?
2025年11月4日
近年、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を目指す観点から、役員報酬制度の在り方が注目されています。特に株主総利回り(TSR:Total Shareholder Return)を役員報酬の評価指標として導入する企業が増えています。
本ニュースレターでは、TSRを役員報酬に導入することの有効性について、TOPIX100構成銘柄のデータを基に検証を実施しました。
責任投資推進室 ESGアナリスト
小出 修
TSRとは
TSRとは「Total Shareholder Return(株主総利回り)」の略で、株式投資によって得られる総合的な利回りを指します。具体的には、特定期間における株価の値上がり益と配当を合わせた投資家にとっての総合的なリターンを意味します。アクティブの機関投資家には大変馴染み深い指標となります。
国内企業におけるTSR導入の現状
まず、経営陣と株主の利害共有を促す機運が高まる中、TOPIX100構成企業におけるTSR導入の割合は年々増加していることがわかります。直近では半数近い企業が導入しています。(表1)
【図表1:TSR導入企業数とTOPIX100に占める割合】
(出所) 有価証券報告書を基に三井住友DSアセットマネジメント作成
役員報酬制度の内容は複雑で各社各様
ただ、有価証券報告書の『役員の報酬等』に記載されている内容を精査すると非常に複雑で各社各様の状況となっていることがわかります。多くの企業の役員報酬制度は基本報酬、STI(短期インセンティブ)、LTI(中長期インセンティブ)から構成されていますが、今回TSRを導入している企業42社すべてがLTIにTSRを導入していました。
今回TOPIX100構成企業の中でTSRを導入している企業の要点を取りまとめると以下の表になります。
【図表2:TSR導入企業の評価仕様】
(出所) 有価証券報告書を基に三井住友DSアセットマネジメント作成
相対値か絶対値かではほとんどの企業が相対値を選択しています。また、ベンチマークはTOPIX(配当込み)とピア・グループを採用している企業が多く、その他にも様々なものをベンチマークとしている企業があり、非常に多岐にわたり複雑な構造となっていました。
比較する対象がTOPIX(配当込み)かピア・グループなのか意見が分かれることは認識していますが、多くのアクティブの機関投資家のベンチマークがTOPIX(配当込み)またはそれに類似する指数であることから比較対象はTOPIX(配当込み)にする方がより市場目線であると言えるでしょう。実際比較対象をTOPIX、ピア・グループの混合からTOPIX(配当込み)へ絞り込んだ企業も出てきています。
そしてさらに大きな課題が役員報酬全体に占めるTSRのウェイトです。最も高い企業では約50%も占めるのに対し単に意識付け程度の意味しかない1%程度の企業も存在するのが現状です。
有効性の検証
【図表3:TSR導入企業と非導入企業の株価パフォーマンス比較(2022年-2025年)①】
【図表4:TSR導入企業と非導入企業の株価パフォーマンス比較(2022年-2025年)②】
(注1) TOPIX100構成銘柄の3月決算企業のみ集計
(出所) 有価証券報告書より三井住友DSアセットマネジメント作成
この様に多岐にわたる複雑な制度内容であり業種も異なることから緻密な検証ではありませんが、分析の結果、以下の興味深い傾向が明らかになりました。
1.TSR導入企業のパフォーマンス優位性:
- TSR導入企業は2023年3月から2025年3月までの3年間で67.9%のリターンを示しました。
- 一方、TSR非導入企業は同期間で49.5%とTOPIX(配当込み)並みのリターンにとどまりました。
- 配当込みTOPIXの47.2%と比較すると、両グループともにアウトパフォームしていますが、TSR導入企業の優位性が顕著です。
2.TOPIX比較での優位性:
- 一部の銘柄がパフォーマンスをけん引する効果を除くために単純平均だけでなくTOPIX比較での検証も行いました。
- TSRを導入している42社のうち、分析対象とした36社中22社(61%)がTOPIXを上回るパフォーマンスを示しています。
- 一方、非導入企業では分析対象とした46社中21社(46%)にとどまっています。
まとめ
データ分析から、TSRを役員報酬の評価指標として導入している企業は、非導入企業と比較して株価パフォーマンスが優れていることが示されました。これは、TSRの導入が以下のような効果をもたらしていることを示唆しています。
1.株主との利害一致:
- 経営者と株主の利害を一致させ、株主価値向上へのインセンティブを高める
2.長期的視点の醸成:
- 短期的な利益追求だけでなく、持続的な企業価値向上に向けた経営判断を促進
3.市場からの評価向上:
- コーポレートガバナンスへの積極的な取り組みとして市場から評価される
ただし、TSRの導入が企業パフォーマンス向上の直接的な要因とまでは断言できません。TSR導入に積極的な企業は、そもそもガバナンスへの意識が高く、様々な経営改革に前向きである可能性も考えられます。
TSR導入の効果を最大化するためには、単にTSRを評価指標に加えるだけでなく、経営戦略全体と整合性のある報酬設計が重要です。また、単にTSRを評価項目に加えるだけではなくKPIの絞り込みとメリハリのあるウェイトにすることでより投資家目線にすることが重要だと考えています。



