台風の発達に影響?北太平洋亜熱帯モード水と気候変動

2024年7月4日

世界の平均海面水温は過去最高を更新

EU(欧州連合)の気象情報機関であるコペルニクス気候変動サービスは、2024年4月の世界の平均海面水温が21.04℃になったと発表しました。2024年3月の21.07℃からはわずかに低下したものの、直近の13ヶ月間は連続で月間の最高記録を更新し続けています。

責任投資推進室 アナリスト

泉山 直哉

太平洋赤道域東部ではエルニーニョ現象が弱まり、徐々に平年の水温に戻っているものの、気候変動の影響により中長期的には上昇傾向となっています。


図表1は日々の海面水温の推移を示しており、オレンジ線が2023年、エンジ線が2024年、灰色が1979~2022年となっています。実際、2023年から2024年にかけてかつてない高温になっていることがお分かりいただけるかと思います。また、日本近海の海面水温も上昇傾向にあるとされています。


気象庁によると過去100年間で日本近海の海面水温は年平均1.28℃ほど上昇しており、特に日本海中部や釧路沖の上昇が顕著です。


今回は、海面水温の上昇が私たちの生活にどのような影響を与えるのかご紹介します。

図表1 日次の海面温度の推移

(出所)Copernicus Climate Change Service 「Global temperature record streak continues – April 2024 was the hottest on record」
https://climate.copernicus.eu/copernicus-global-temperature-record-streak-continues-april-2024-was-hottest-record

気候変動が海洋に与える影響

海洋には、膨大な量の熱を吸収・放出することで気候変動を緩やかにする働きがあります。
特に、地球温暖化に関しては、地球全体が蓄えた熱のおよそ90%を海洋が吸収することで気温上昇が大幅に緩和していると考えられています。そして、海洋が蓄えた熱の6~7割は深さ700mまでの表層に蓄積されるといわれています。(図表2)


地球温暖化に伴う日本近海の海洋循環の変化として気象庁が監視している指標のひとつが、今回ご紹介する「北太平洋亜熱帯モード水」です。

図表2 地球システムにおけるエネルギー変化量

北太平洋亜熱帯モード水とは?

「北太平洋亜熱帯モード水」はどのようにしてできるのか、メカニズムをご紹介します。


冬になると、ユーラシア大陸から冷たい季節風が吹き北西太平洋の海面は強く冷却されます。一方、日本近海にはフィリピン周辺から温かい海水を運ぶ黒潮が流れています。黒潮がもたらす温かい海水が季節風によって冷えて重くなると下層の海水とよく混ざり、深さ数百メートルにわたって水温が17℃前後の一様な層が発達します。


春になると、海面に近い部分は温められ水温は20℃以上となりますが、下層部分は春以降も水温などの特性が大きく変わることなく海洋内部にとどまります。


こうしてできた海洋内部の一様な海水の塊が「北太平洋亜熱帯モード水」と呼ばれ、平均的には図表3の赤枠部に分布すると考えられています。


歴史的な観測データや気象庁による船舶観測の結果から、「北太平洋亜熱帯モード水」の水温は長期的には上昇傾向にあることが明らかになっており、地球温暖化に伴う海上風の変化によって生じた黒潮流量の増加が一因と考えられています。

図表3 北太平洋亜熱帯モード水

「北太平洋亜熱帯モード水」と台風の発達

最新の研究では、「北太平洋亜熱帯モード水」が日々の天気にも影響を与えている可能性があることが明らかになりました。
2023年9月、東京大学の岡英太郎准教授、東北大学の杉本周作准教授、東京海洋大学の小橋史明教授らの研究グループは、「北太平洋亜熱帯モード水」の厚さの増減が、海面付近の水温を通じて台風の発達・減衰に影響していることを発見しました。  


台風は海面から蒸発する水蒸気をエネルギー源として発達しますが、海面水温が高いと水蒸気量がより多くなるため台風が発達しやすくなります。一方、台風が勢力を強めると、台風からの風により海水がかき混ぜられるため、深いところにある冷たい水が表面に出てきて台風を弱める働きをします。


図表4で示すように、「北太平洋亜熱帯モード水」が厚いときは海洋表層の水温構造を押し上げる「持ち上げ効果」が強まり、海面付近が冷やされやすくなり、台風は発達しにくくなります。しかし、「北太平洋亜熱帯モード水」が薄いときは、「持ち上げ効果」が弱まるため台風はなかなか減衰しなくなります。


「北太平洋亜熱帯モード水」は地球温暖化に伴い今後縮小すると予測されており、「持ち上げ効果」が弱まることによって台風がこれまで以上に発達しやすくなることが懸念されています。

図表4 亜熱帯モード水と台風の関係

(出所)東京大学大気海洋研究所のホームページ
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2023/20230914.html

気候変動が企業活動に与える影響

当社は「気候変動」を資産運用業務におけるマテリアリティと定め、気候変動問題が投資先企業に及ぼす影響をリスクと機会の両面から分析しています。


特に、投資先企業の将来価値に与えるリスクとしては、低炭素社会への移行に関する「移行リスク」と台風や洪水の深刻化、干ばつなど気候変動の物理的影響に関する「物理的リスク」の2種類があげられます。


また、当社は2019年12月に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)への賛同を表明するとともに、当社ポートフォリオの移行リスク・物理的リスクを分析し、ホームページに開示しています。


今後も気候変動に関する最新研究に注目するとともに、エンゲージメントを通して気候変動の緩和に向けた投資先企業のイノベーションやトランジションを後押しすることで、サステナブルな社会の実現に貢献していきます。