フッ素は天使か悪魔か

2023年8月28日

近年、グローバルに注目されている環境問題の一つに、有機フッ素化合物(PFAS)による水質汚染があります。日本でも、PFASを含む泡消火剤の漏出事故や、日本各地の河川や地下水で基準値を超えるPFASの検出、高濃度地域周辺住民の血液検査の結果などがニュースに取り沙汰されています。


PFASの「F」はフッ素を示したものです。フッ素は特徴のある元素で、その高い有用性からこれまで幅広い産業で活用されてきました。また今後も用途によっては必要不可欠だと考えられます。生活を便利にするはずのPFASが今なぜ有害とされ騒がれているのでしょうか。この機会にフッ素について整理してみたいと思います。

責任投資推進室シニアアナリスト 穗坂悠

責任投資推進室 シニアアナリスト
穗坂 悠

フッ素の特徴とフッ素化合物の機会

かつて「水兵リーベ僕の船・・・」の語呂合わせで元素記号を覚えた方も多いかと思います。原子番号9のフッ素F。周期表の右上あたりにあり、最も電気陰性度が高く、他の元素と非常に反応しやすい一方、反応後、特に炭素とはC-F結合という強固な結合を作ります。


何にでも反応してしまうことから、自然界にはフッ素単体ではなく、基本的にはフッ素化合物として存在しています。YouTubeではフッ化水素でガラスを溶かせるか、といった検証動画もある程です。


何でも反応する(溶かす)一方で、C-F結合という強固で安定的な特性を生かして、さまざまなところでフッ素は活用されています。


例えば、フッ素樹脂。太陽光や風雨、温度・湿度の変化などの気候要因による劣化や変質を起こしにくい、熱に強い、汚れが付きにくいなど優れた特性があります。国策として進められている半導体業界では、製造時に各工程で使われているのを始め、数多くの製造業で使われています。


身近なところでは、テフロン加工のフライパンがあります。フッ素は分子と分子が引き合う力が弱く、表面張力が低いため、フッ素よりも表面張力の高い水や油は引き合って球になり弾かれます。このモノが付着しづらいフッ素樹脂の特性を活かし、焦げ付かない画期的なフライパンが生まれました。


エアコン等に使われる冷媒にもフッ素が利用されています。冷媒とは、液体から気体になる時に熱を奪って冷やし、外へ熱を逃がす時に気体から液体になるものです。液体から気体、気体から液体へと変化しやすく、かつ、燃えにくい冷媒としてフッ素化合物のフロンが広く使われていました。

また、高濃度フッ素配合を売りにした歯磨き粉もよく使われています。酸に溶けにくい物質を作って歯をコーティングしたり、歯の再石灰化を促して虫歯を防いだりします。歯の健康を保つ観点から、国際的にも世界保健機関(WHO)が推奨しているほどです。これもフッ素の特性を活かした製品といえるでしょう。


このように多岐にわたり役に立つフッ素化合物ですが、近年では環境に悪影響をおよぼす有害物質としても注目されています。

フッ素化合物の主な使用用途

研究により顕在化したフッ素化合物のリスク

環境問題として数十年前より指摘されているのが、フロンによるオゾン層の破壊です。ただし、こちらはオゾン層を破壊しない代替材料への転換が進んでいます。一方、昨今ニュースでも懸念物質として話題となってきているのがPFASです。


「強固な結合」がPFASの特徴と述べましたが、裏を返せば、完全に分解されるのが非常に困難な特性を持っています。その為、「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」とも呼ばれています。これが人体に蓄積し、発がんなどの恐れがあることがわかってきました。


PFASとはペルフルオロアルキル化合物、ポリフルオロアルキル化合物の略称で、数千種類ものフッ素化された有機化合物の総称を指します。これらすべての有害性を評価するのは非常に困難ですが、PFASの中でもPFOS、PFOAと呼ばれる2種類の物質の研究が進み、その有害性が明らかになりました。それにより米国などで訴訟が発生し、テフロンを発見したデュポン社や3M社が多額の和解金の支払いを余儀なくされました。


なお、歯磨き粉で使用されているフッ素化合物は無機フッ素化合物で、PFASとは異なる物質ですので安心してください。フッ素化合物として一括りで判断しないことも大切です。



PFASの行く末は?

私たちは機関投資家として、さまざまな事柄の機会とリスクの双方を捉えることが重要ですが、今回はフッ素化合物の機会とリスクについて取り上げました。PFASの中には、必要不可欠で代替物質の存在しない材料も多いため、もし代替物質が提供できれば大きなビジネス機会となります。また、国内外で徐々に規制が強まると予想されますが、そのタイミングや適用範囲によって業績見通しや投資判断が変わってくるでしょう。筆者は責任投資推進室のアナリストとして、特に「責任」についての現在地や見通しを把握し、リスクのレベル感を社内の投資判断の一助として、また、ニュースレターを通して社外にもお伝えできればと思います。


過去にも水銀やアスベストなど、人間の生活を便利にしたり、豊かにしたりするために使われていたものの、その後人体や環境に悪影響があると判明し、使用が禁止されたものがありました。前述のフロンもその一例です。PFASの中には同じ道を辿るものもあるのでしょうか?