ホームマーケットマーケットの死角7月の雇用統計で激変する米景況感と金融市場 前のめりの市場へのカウンターパンチ

2025年8月4日

三井住友DSアセットマネジメント

チーフグローバルストラテジスト 白木 久史

【マーケットの死角】
 7月の雇用統計で激変する米景況感と金融市場
 前のめりの市場へのカウンターパンチ

8月1日に発表された7月の米雇用統計は、雇用環境の悪化を示すネガティブな内容でした。市場が注目する非農業部門雇用者数(Non-farm Payroll、NFP)は7.3万人の増加(市場予想10.4万人増)にとどまり、失業率は4.1%から4.2%に上昇しました。さらに衝撃的だったのは過去のNFPの下方修正で、今年5月分が14.4万人増から1.9万人増に、6月分も14.7万人増から1.4万人増に大幅下方修正されました。まさに「雇用統計ショック」というべき内容で、先週末のNY株式市場は大きく調整し、8月4日週明けの東京株式市場も大きく下げてスタートしました。

1.急速に悪化する米景況感、台頭する利下げ期待

■今回の米雇用統計の結果を受けて、金融市場では一気に米国経済減速への警戒感が台頭するとともに、9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げ実施が確実視されるようになるとともに、一部では0.5%の「大幅利下げ」の思惑まで台頭しています。

■今回の雇用統計の結果を受けて金融市場は大きく反応し、景況感の悪化と利下げ期待を映して先週末のNY市場では「株安、ドル安、債券高」が大きく進みました。株式市場では主要3指標が全て下落しましたが、中でも大手ハイテク株が多く含まれるナスダック総合指数が大きく調整しました。


■また、為替市場では、米金利の低下に反応して米ドルは全面安の展開となりました。そして、債券市場では長短金利が揃って大きく低下し、中でも金融政策見通しに敏感に反応する米2年国債利回りは▲0.274%の大幅低下となりました(図表1)。

米雇用統計が重要なワケ

■なぜ、金融市場がこんなに雇用統計に注目するのかといえば、①中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)の政策目標が「雇用の最大化」と「物価の安定」の2つにあること(デュアルマンデート)、②雇用環境が米GDPの約7割を占める個人消費の動向に直結すること、そして、③重要な経済指標の中で一番早いタイミングで出る米経済指標であるからです。


■今回の雇用統計への金融市場の反応を見て、「1回ぐらい悪かっただけで大げさじゃないの?」と思っている方もいるかもしれません。しかし、そうした楽観は事の重大さを過小評価しているかもしれません。というのも、雇用関係のデータは一般に、実体経済の動きに遅れて動く「遅行指標」だからです。


■例えば、企業経営者は商売が順調で忙しくなると従業員を増やし、逆に、商売が落ち込んでくると人手を削ります。つまり、雇用データは生産、販売、投資といった経済活動に遅れて変化する傾向があるのです。ちょうど大病を患う患者の自覚症状のようなもので、痛くなった時には「手遅れ」ということが少なくないのです。そんな米国の雇用統計、中でも最も重要とされるNFPが、さかのぼること5月から既に急減速していたことが今回判明したのですから、市場がこれに大きく反応するのは、むしろ当然といえそうです。

2.「雇用統計ショック」の今後の金融市場への影響

■今回の「雇用統計ショック」により、米国の金融市場はしばらく不安定な調整局面を余儀なくされる可能性があります。というのも、①トランプ関税への懸念後退から投資家のセンチメントは楽観に傾いていたこと、②最近の米経済指標はポジティブサプライズが続いていて、今回のネガティブサプライズが「カウンターパンチ」になってしまったこと、そして、③トランプ関税の影響が本格化するのはこれからと見る市場参加者が少なくないからです。


■約1年前、2024年8月2日に発表された雇用統計をきっかけに米国株式市場は大きく調整し、週明け8月5日の日経平均株価は1日で▲12.4%下落して「令和のブラックマンデー」とよばれる相場の大幅調整になったのは記憶に新しいところです。今回、ちょうど1年後のアニバーサリーに同様なショックが起こったことで、米国市場が落ち着きを取り戻すまでは、東京市場も昨年8月の相場展開を意識した神経質な動きとなってもおかしくないでしょう。

■とはいえ、今回の雇用統計をきっかけに市場が不安定な動きを見せたとしても、過度な悲観は無用ではないでしょうか。というのも、①FRBが早期に利下げに踏み切る可能性が極めて高いこと(図表2)、②米経済のエンジンである個人消費は依然として堅調なこと、③関税交渉はおおむね穏便な税率で終結しつつあること、④消費を支える所得の伸び(平均時給、7月前年同月比+3.9%)は好調で米国の実質賃金は順調に増加していること、そして、⑤今年後半には10年で総額約4.5兆ドル(約660兆円)のトランプ減税が実施されること、などが米国経済の大幅な減速や市場混乱の長期化の回避に寄与する可能性が高いからです。

■このため、米国市場は短期的にはやや過熱感のあったバリュエーション調整による若干の「価格調整」と、他の経済指標を追加的に確認するための「時間調整」を経た後に、再び長期の上昇軌道に回帰する可能性が高いものと思われます。

3.市場の混乱が増幅するリスクシナリオ

■こうした長期の市場シナリオにとってのリスクは、結果的とはいえパウエルFRB議長が米経済見通しを大きく見誤ってしまったこと、そして、米経済への不透明感やFRBが迷走してしまう懸念を受けて、米ドル安と米株安が日本株にとってダブルパンチとなる可能性があることです。


■特に、FRBについては、①トランプ大統領のパウエル議長に対する批判を今回の雇用統計が裏付けるような結果となってしまったこと、②7月のFOMCでも有力理事2名がパウエル議長に公然と反旗を翻していること、そして、③来年1月退任予定だったクグラーFRB理事の早期退任が決まり、パウエル議長の後任候補が早々に理事に選任される可能性が高まったことから、FRB内部が「ややこしい状況」になってもおかしくないでしょう。

■このため、米国市場よりも日本の株式市場の調整がより増幅されるリスクがある点には注意が必要でしょう。米国の雇用環境の減速を受けて、短期的に市場はトランプ関税の実体経済への影響を確認する神経質な時間帯が続くものと覚悟しておいた方が良さそうです。とはいえ、中長期の視点に立てば、FRBの利下げや実質所得の上昇を背景とした米国経済の強靭さ、粘り強さを確認することで、株式市場は短期の調整局面の後に長期の上昇軌道に回帰する可能性が高そうです。このため、仮に、株式市場が大幅に調整するようなことがあれば、昨年8月や今年4月と同様に、長期投資家にとっては魅力的な押し目買いの機会となる可能性が高いように思われます(図表3)。

まとめに

米雇用統計が予想外の雇用環境の減速を示す結果となったことを受けて、市場では米国の景況感と政策金利の見通しが大きく変化しています。ここもとのマーケットは、トランプ関税への懸念後退からリスクオンに前のめりとなっていたこともあって、短期的には調整となることを余儀なくされそうです。


とはいえ、今後、FRBが利下げに踏み切ることや、実質賃金の好調な推移や大規模な減税を背景に、米国経済は大幅な失速を回避し、米国の株式市場も中長期的には上昇軌道に回帰する可能性が高そうです。このため、昨年8月や今年4月と同様、大幅な市場の調整がある場合は、長期投資家にとって魅力的な投資機会となる可能性があります。


ただし、米金利低下期待の高まりやFRBの行く末への不透明感が米ドル安につながるようなら、日本株の調整は短期的とはいえより深くなる可能性があるため、注意が必要でしょう。

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