2025年3月6日
三井住友DSアセットマネジメント
チーフグローバルストラテジスト 白木 久史
【マーケットの死角】
米国株投資の勘所と使用上の注意
知らなかったではすまされないメリットとリスク
米国株投資が人気です。新NISAスタート以降、米国の主要大型株で構成されるS&P500種指数(S&P500)のインデックス投信は、世界株指数に投資する「オルカン」と人気を二分する積立投資の定番メニューとなっています。また、テクノロジー業界では米国の大手ハイテク株が世界市場を席巻していて、マグニフィセント7を筆頭とする米国株への投資が個別株、投資信託を問わず個人投資家の注目を集めているようです。「世界最強アセット」の呼び声も聞こえてくる米国株ですが、その活用法とリスクについて整理してみたいと思います。
1. 米国株投資の勘所
■米国株投資が人気です。特に、2024年1月の新NISA開始以降、積立投資に米国株を活用する方が大きく増えているようです。こうした人気の背景には、米国株の圧倒的なパフォーマンスがありそうです。米国の代表的な株価指数であるS&P500のパフォーマンスを振り返ると、日本株は勿論、人気の世界株指数を大きく上回る実績を上げています(図表1)。
■もちろん、過去の実績が将来の投資成果を約束するものではありません。しかし、米国株の高パフォーマンスの背景には好調な米国経済や企業業績などがあるのだとすれば、今後も米国株の好調が続くと期待したくなるのも無理のないところでしょう。

■そんな米国株の活用法として真っ先に思いつくのは、ハイテク銘柄を中心としたグロース株への投資です。最近やっと日本もデフレを脱しつつありますが、米国と比べてしまうとその成長力は頼りないと言わざるをえないでしょう。そんな「成熟した国」で暮らす私たちにとって、米国経済や企業の成長性はとても魅力的に映ります。
■ちなみに、日本株の過去のパフォーマンスを見ると、割安株が成長株を圧倒する展開が続く一方、米国株はハイテク銘柄を中心としたグロース株が圧倒的な優位を見せています(図表2)。米国株へ投資する際のポイントとしては、米国企業の成長のダイナミズムを体現している「グロース株への投資」を、1番目のポイントとして挙げることが出来そうです。

バラエティに富んだ投資対象と高いストレス耐性
■米国株投資の魅力の2点目として挙げたいのが、日本株では得難い幅広い投資機会の存在です。人気のハイテク株は勿論、世界最大の石油メジャー、画期的な新薬開発を手掛けるヘルスケア企業、自動運転技術で世界の先端を走る電気自動車メーカー、世界の基軸通貨である米ドルの調達・運用で圧倒的な存在感を誇る大手銀行、世界最大級の航空・宇宙・軍需産業など、日本国内では見つけることができない多種多様なエクセレントカンパニーが、米国市場ではひしめき合っています。こうした多様な投資機会はそのリターンもさることながら、投資先の分散を通じて私たちのポートフォリオの効率性を高める(リスク・リターンを改善する)効果が期待できそうです。
■米国株投資の魅力の3点目としてお伝えしたいのが、安全資産としての側面です。もちろん株式である以上、投資元本が保証されることはありませんし、株価も相応に変動することとなります。しかし、米国という世界最大の経済・軍事大国を母国市場とする米国企業の安定性は、市場の混乱時や有事の際に際立つことになります。「有事のドル買い」の相場格言も、こうした米国経済のストレス耐性を表わしたものと
いって良いでしょう。
■また、いわゆる「地の利」に加え、高い利益率(低い損益分岐点)や、緩やかな規制を背景とした経営の柔軟性の高さも、米国市場のストレス耐性を高めている一因と言えそうです。特に、①資源エネルギー株、②防衛関連株、③医薬品株などは、市場の混乱などに際しての「安全地帯」としての役割が期待できそうです。こうした危機への耐性に優れた投資対象が多くある点も、米国株の利点・活用法と言えそうです。
2. 米国株の使用上の注意
■高い成長性、抜群のトラックレコード、バラエティに富んだ投資対象、そして危機への耐性などから、「米国株こそが最強」と感じる投資家も少なくないでしょう。そんな完璧かと見まがう米国株ですが、アキレス腱も存在します。それは、過去のパフォーマンスの好調さゆえの「投資家の期待値の高さ」です。
長すぎる景気拡大が招く「過信」
■米国経済はコロナのパンデミックで2020年3、4月に一時的にマイナス成長となった時期を除くと、2009年6月以降、実に15年以上(185カ月、2024年12月時点)にわたり景気拡大が続いています。ちなみに、これだけ長い期間景気拡大が続くのは、第2次世界大戦以降初めてのことになります。
■順調な景気拡大を背景に、企業業績も順調な成長が続いています。S&P500の一株当たり利益は2004年以降年率約7.7%のペースで増加し、ナスダックは同約12.4%の増益を記録しています。ちなみに、米国株が6割強を占める世界株指数の同期間の増益ペースは約6.6%に留まりますので、残り4割弱の米国株以外の業績があまり芳しくないことは想像に難くないでしょう。
■そんな「順調すぎる」米国の景気拡大や米国企業の利益成長が、皮肉にも米国株投資の落とし穴になりかねない状況を招いています。というのも、高すぎる期待感が投資家に浸透することで、株価の割高・割安を測るバリュエーション指標に過熱感が見られるからです。

過熱するバリュエーション、集中する物色
■S&P500の12カ月先予想株価収益率(PER)は今年2月28日時点で約21.7倍まで拡大しており、2006年1月以降の平均値である約16.2倍を大きく上回っています。ちなみに、この間の予想PERの標準偏差は約3.0のため、足元のバリュエーションは平均値から1標準偏差(生起確率約68%、予想PERで19.2倍)を超えて割高な水準にあることになります(図表4)。

■こうした相場の過熱感の背景に、マグニフィセント7(M7:アルファベット、アップル、メタ・プラットフォームズ、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト、エヌビディア、テスラの7社)に代表される大手ハイテク株への物色の集中があります。世界を席巻するM7の人気はすさまじく、S&P500に占める時価総額ウエイトは2000年の約16.2%から2024年末には約31.7%まで上昇しています。また、2024年の1年間に、S&P500の時価総額は約24%増加しましたが、M7の時価総額は約49%も増加しています。そして、S&P500からM7を除いた残り493銘柄の時価総額合計は、約15%の増加に留まっています(図表5)。
■いくらM7が選りすぐりの素晴らしい企業ばかりであるとしても、これだけ人気が集中してしまうと今後もこうした独走が続くと期待するのは、投資家としては少々虫が良すぎるかもしれません。実際に、2025年に入ってからのM7は好業績を維持しているにもかかわらず、株価は伸び悩みが顕著になってきました。

人気者は辛いよ?目立ち過ぎることのリスク
■現在の米国株は、①異例の長期にわたる景気拡大と増益トレンドの継続を織り込み、②株価のバリュエーションには過熱感が見られ、③大手ハイテク株に物色が極端に集中している状態にあります。株式投資は企業の将来を見据えた人気投票の側面が有ることを否定はしませんが、それが行き過ぎると思わぬ反動・調整に繋がりかねないことは歴史が示すところでしょう。
■思わぬ出来事、例えば、安全保障政策をめぐる米欧の溝の深まりや、米中対立が激化する中で思わぬ衝突・アクシデントなどが生じるようなら、過熱する期待や物色の偏りといった市場の歪みを修正する動きが一気に噴出してもおかしくないでしょう。そう考えると、米国株の「人気者ゆえのリスク」については、十分留意する必要がありそうです。
3. 日本の投資家固有の米国株投資リスク
■仮に、これまで順調に拡大してきた米国経済が変調をきたすようなことがあると、米国株に投資する日本の投資家は、米国の投資家と比べてより厳しい状況に追い込まれる可能性があります。というのも、景気減速により米国株が調整する場合、為替市場での円高が同時に生じる可能性が高いからです。
ダメージもダブル、円高と株安のダブルパンチ
■米国経済の拡大が失速する場合、中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)は政策金利を引き下げて景気を下支えしようとします。そして、米金利の低下により日米の金利差が縮小することで、ドル円レートには円高圧力がかかりやすくなります。更に、ヘッジファンドに代表される投機筋は円で資金を借り入れて株式へ投資することが少なくないため、市場が変調をきたすと米国株を売却した代金で円の借り入れを返済することで、更に円高圧力が高まることになります。つまり、米景気の変調をきっかけに米国株の調整が起こるようなら、日本の投資家は「米株安」と「円高」のダブルパンチに見舞われる可能性があります。
円安の「追い風参考記録」にご用心
■S&P500の人気の背景には良好なパフォーマンスがありますが、2020年末以降の円建て及び、ドル建てのパフォーマンスを比較すると、円建てが約+139%に達する一方、ドル建ては同約+66%に留まっています。つまり、日本人がこの数年見てきたS&P500の好調なリターンは、円安により嵩上げされた「追い風参考記録」とすることができそうです(図表6)。
■仮に、米株安と円高のダブルパンチが生じると、円建ての米国株の高パフォーマンスを演出してきたメカニズムが「逆回転」することになるので、その負のインパクトは相応のものになると覚悟しておく必要がありそうです。

■わたしたちの米国株投資が抱える「ダブルパンチ」のリスクは、海外株式へ投資する以上、避けて通れない宿命かもしれません。とはいえ、致命的な損失を回避して、長期の資産形成を続ける方法がないわけではありません。それは、「分散投資」の効果を活用するとともに、通貨のリスクをコントロールすることです。
■巨額の資金を運用する機関投資家は、長期的に有利な資産運用を行うため、決して相場で一点張りするようなことはしません。例えば、私たちの厚生年金や国民年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、国内株、外国株、国内債券、外国債券にそれぞれ25%ずつ資金を振り分けるポートフォリオを組んで「分散投資」を実践しています(図表7)。

ダブルパンチの回避策
■多くの機関投資家が分散投資を行うのは、異なる値動きの資産を組み合わせることで、投資のリスクを抑えつつ、期待されるリターンが向上する可能性が高いことが広く知られているからです。こうした投資手法にならうなら、わたしたちのポートフォリオもS&P500に代表される米国株だけに一点張りするのではなく、国内外の公社債、日本株、不動産投資信託(REIT)など様々な資産に広く分散させることで、リスクオフの際の米国株投資の「ダブルパンチ」の直撃を回避しつつ、長期の資産形成を継続することができるのです。
■また、為替リスクのコントロールも、長期の資産運用を破綻から守る一つの重要な手段と言えそうです。古今東西、お金にまつわる悲劇は資産と借金のアンバランスから生じることが少なくありません。例えば、1億円のローンを組んでハワイに約66万ドル(1ドル150円換算で1億円相当)のコンドミニアムを購入した場合、その後のドル円レートが安定していればあまり大きな問題は生じないのですが、仮に1ドル100円まで円高が進んでしまうと、コンドミニアムの価値は為替の影響だけで約34%も減少(1億円→6,600万円)してしまいます。
■仮に将来こうした円高が生じると、老後の蓄えとして米国株に投資している人にも同じような悲劇に襲われることとなります。というのも、日本で老後を過ごすのであれば生活費の支払いは全て円ですることになるため、経済効果の観点から言えば、円で借金をしていることと同じ状態といえます。そして、もしも大きく円高が進むようなことがあると、老後を迎えた時に資産と借金のバランスは悲劇的に崩れてしまうことになりかねないのです。
■こうした「お金にまつわる悲劇」は、ドル建て資産への一点張りを避けることで回避することができます。具体的には、円建ての資産である日本株、日本の公社債、J-REITなどを一定以上保有し、為替リスクを抑えることで大ケガを避けることが可能になります。
■こうして見ると、長期の資産形成においては一点張りの真っ向勝負を避け、しぶとく、賢く、大ケガを避けながら投資を続けることが重要で、そうした工夫こそが結果的に米国株投資のメリットを引き出すことに繋がるのではないでしょうか。
まとめに
米国株投資が人気です。その背景には米国株の成長性、多様さ、危機への耐性などに加え、ここもとの圧倒的なパフォーマンスの良さがありそうです。とはいえ、投資家の高すぎる期待値が、皮肉にも米国株の弱点を形作っている可能性があります。特に、バリュエーション指標の過熱感には注意したいところです。
日本の投資家が米国株に投資する場合、リスクオフ局面での米株安と円高のダブルパンチには注意が必要でしょう。長期の資産形成を続けていくには、致命的なダメージを回避することが何よりも重要になります。このため、賢い資産運用を続けていく上では、日本株を始めとする米国株以外の資産に投資先を分散し、為替リスクをコントロールしていくことが重要と言えそうです。
※個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。