ホームマーケットマクロビュー日本の長期金利上昇の背景と先行きへの示唆~脆弱な需給構造を背景にリスクはアップサイドに傾きやすい~

日本の長期金利上昇の背景と先行きへの示唆

~脆弱な需給構造を背景にリスクはアップサイドに傾きやすい~

2026年5月18日

● 日本の長期金利はわずか3ヶ月強で2.7%強まで急上昇した。日銀のタカ派化や中東情勢の緊迫化という想定外のショックと国内外の財政拡張警戒が同時に顕在化したことが背景にある。


● 金利上昇の底流には円債市場の脆弱な需給構造があり、日銀のQTによる大規模な国債供給に、政府の拡張的な財政政策が重なることで金利の上昇圧力がかかりやすい状況となっている。


● 世界的に見ても地政学リスクへの対応や格差是正を背景とした財政拡張が常態化しており、これが各国のタームプレミアムを押し上げ日本の金利上昇を助長している。


● 今後も財政関連のイベントが相次ぐことなどを踏まえると、長期金利3%到達は、近い将来のアップサイドリスクとして現実味を帯びてきたと言わざるを得ない。


日本の長期金利の上昇が止まらない。筆者は2月5日付マクロビュー『日本の長期金利3%到達は間近なのか?』で、10年金利の3%への到達には相応の時間を要すると述べた。当時の10年金利は2.24%(2月5日)。それがわずか3ヶ月強で2.72%(5月15日)まで上昇し、3%との距離は一気に縮まった(図表1)。本稿では、足元の急上昇の背景を検討し、ここから先のインプリケーションを改めて考えたい。


想定外のショックとリスクの顕在化

2月5日以降の債券市場を揺るがした要因は、①日銀のタカ派化、②中東情勢の緊迫化、そして③国内外でくすぶる財政拡張への警戒に集約される。このうち、日銀のスタンスのタカ派化とイラン戦争の勃発は正直なところ想定外であった。一方で、日本の財政拡張は2月のマクロビューでリスク要因として挙げていたものであり、海外の財政懸念も起こり得ないシナリオではなかった。短期間に、想定外のショックと警戒していたリスクが同時に顕在化した。これが急ピッチな上昇の背景である。

日銀のタカ派化

日銀のスタンスの変化については、5月1日付『日銀の利上げスタンスを読み解く(前編)』で論じた通りである。日銀からのタカ派的な発信が相次いだことで、市場の政策金利の着地点の織り込みが25bp切り上がり(図表2)、米金利と2年先OISで10年金利を推計したモデルに当てはめると、長期金利が20bp弱押し上げられた計算になる。


図表1:日本の10年名目・実質金利及びインフレ期待(BEI) 図表2:金融市場における日銀の金融政策織り込み


なお、タカ派化発信が続いた後、結局は日銀が4月会合で利上げを見送ったことで、市場でビハインド・ザ・カーブの懸念が意識され、長期金利が上昇した面もあったと見られる。中東発の原油高は、インフレを押し上げる一方、景気抑制的にも作用するため、金融政策の舵取りは難しい。


イラン戦争

完全に想定外だったのがイラン戦争で、原油価格の高騰とそれに付随した円安が、日本のインフレ期待を大きく押し上げた。10年BEI(ブレーク・イーブン・インフレ)は、戦争前の1.72%(2月27日)から、足元では2.24%(5月15日)まで、50bp弱上昇している(図表1)。ホルムズ海峡の事実上の閉鎖が続き、原油価格の高止まりが続く中で、日銀のビハインド・ザ・カーブの懸念も意識され、市場のインフレ期待が上昇した。


加えて、海外でも金利が上昇したことも、円金利の上昇を助長したと見られる。米国でもインフレ警戒からFRBの利下げ織り込みが剥がれただけでなく、利上げまで織り込まれる展開となった。米金利の上昇が、世界的な金利上昇の地合いを作っている面もあるだろう(図表3、4)。


図表3:米国の10年名目・実質金利及びインフレ期待(BEI) 図表4:金融市場におけるFRBの金融政策織り込み

財政警戒と底流にある円債需給の脆弱さ

中東情勢由来の原油高に対し、高市政権がガソリン補助金による財政支援を打ち出したことも、長期金利上昇を促した。情勢が膠着し、ホルムズ海峡の正常化の見通しが立たないことで、補助金の支給期間が長期化していることに加え、夏場に向けた電気・ガス代補助のため、補正予算の編成を検討との報道が出たことが、長期金利上昇に拍車をかけた。


とはいえ、政権は大規模な補正を検討しているわけでない。にもかかわらず、市場の警戒が強まった底流にあるのは、円債の需給の脆弱さである。マクロビューでも述べたが、日銀のQT(国債買入減額)により四半期で12兆円、年換算で48兆円規模の国債が市場に供給されている。これに政府部門のネット発行(年20~30兆円)を加えると、合計で年70~80兆円規模の国債が市場に供給される計算となる。現状では、これを国内民間部門だけでは吸収できず、海外投資家の需要に依存せざるを得ない。しかし、海外投資家はより高いリスクプレミアムを求める傾向があり、結果的に金利上昇圧力が掛かりやすい状況になっている(図表5)。


QTによる強力な引き締め効果

ここで、QTについて改めて触れておきたい。これはかなり強烈な引き締め策である。黒田緩和期に大量に購入した国債が今、まさに大量の償還を迎えており、その規模は四半期で20兆円、年換算で80兆円にのぼる。一方、日銀の現在の買入は、QTによる減額が続き、QT開始前の月5.7兆円から、足元で月2.7兆円、四半期で8.1兆円となっている(図表6)。償還と買入の差、四半期で12兆円が事実上の市場への供給となっている計算だ。しかも、これが四半期で20兆円規模の償還はこの先も続き、一方で日銀はQTで買入をさらに減額する方向であるため、債券需給を今後さらに悪化させる方向にある。仮にQTによる買入減額を今すぐ停止したとしても、買入を増額しない限り、年48兆円規模の国債のネット供給は継続する(図表7)。QTは、停止しても効果が続く強力な引き締め策なのである。


ここに政府のネット発行を上乗せしたものが、政府・日銀から市場への国債のネット供給となる(図表8)。政府が補正予算を策定し追加で国債発行を行えば、需給は一段と悪化する。財政拡張的な高市政権のもとで長期金利の上昇が加速しているのは、拡張政策が国債増発警戒を高め、民間の主体の債券投資が慎重化することで、底流にある需給の脆弱さが表面化するためである。


図表5:主体別の日本国債購入(4期移動平均、フローベース) 図表6:日銀の月間の国債買い入れ予定額

 


図表7:日銀の国債購入と保有国債の償還 図表8:政府・日銀によるネット国債供給

問題となるQTの硬直性

難しいのは、上述の通り、QTを止めても、需給の脆弱な構造が変わらないことである。需給を本格的に改善させようと思えば、日銀が買入を増額するしかない。しかし、2%物価目標の持続的・安定的な達成が視野に入りつつあると日銀自身が想定する局面で、日銀が買入を増やせば、政権からの圧力との疑念を招きかねない。財政ファイナンスの匂いを市場が嗅ぎ取れば、かえって長期金利を押し上げる要因となりかねない。


逆に言えば、QTには、政府の財政に制約をかける側面も強いということになる。日銀の立場からすれば、経済は正常化に向かっているのだから、2013年の共同声明通り、政府が「持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進」していれば、QTを続けても問題ないという整理であろう。まさしく正論ではあるが、とはいえ、QTはかなり強力な引き締め策である。ここから夏場にかけて骨太方針、成長戦略、消費減税の方針が固まり、高市財政が前面に出てくるタイミングでは、底流にある需給の弱さが一段と意識される局面もあるだろう。


海外の財政警戒とグローバルな共振

内外金利の連動も、円金利の上昇につながっている面もあると考えられる。中東リスクで米金利が上がっていることは前述の通りだが、足元では英国の地方選で与党・労働党が敗北し、政治の不安定化による財政拡大リスクが警戒され、英金利が大きく上昇し、日本の金利上昇も相まって、グローバルな金利上昇の連鎖となっている(図表9)。


底流にあるのは、平和の配当の消失と政治の分断である。地政学リスクへの対応(防衛費増)と格差是正のための財政拡張が各国で常態化し、グローバルに国債の増発圧力がかかっている。この財政拡張の同時多発的な状況が、各国のタームプレミアムを押し上げ、一国の金利上昇が為替やクロスマーケットを通じて、他国へ容易に波及する脆弱な地合いを生んでいる(図表10)。


図表9:日米独英の10年金利 図表10:日米独英の財政収支(GDP比)の見通し(IMF予測)


もともと日本の円債市場は、QTという構造的な引き締めの下で金利上昇に脆弱な状態にあった。そこに日銀のタカ派化、中東ショック、そして国内外の財政警戒が立て続けに重なったことで、金利が大きく上昇した。


くすぶる金利のアップサイドリスク

目先の焦点は、この上昇の流れが続くかどうかである。中東情勢は膠着が続き、英国政治の不透明感もまだくすぶりそうだ。日本の財政も、ここからイベントが目白押しで、目先は中東問題に対する補助金政策の規模感、年央にかけては骨太方針、成長戦略、消費減税の中間報告、年末に向けては防衛三文書改訂(防衛費の可能性)、来年度当初予算の閣議決定が行われ、高市政権の「責任ある積極財政」の全体像が明らかになる。市場で「責任」ではなく「積極」が前面に出ていると受け止めれば、市場の神経質な状況が長引き、3%との距離がさらに縮まる可能性もある。逆に、中東情勢が落ち着き、英国の政治不安も沈静、高市財政の「責任」が前面に出れば、金利上昇にブレーキが掛かる可能性があるだろう。


金利を取り巻く環境は大きく変わった

ただし、仮に短期的に落ち着いたとしても、QTという底流の引き締めが消えるわけではない。金利が上がりやすい地合いは、構造として残る。加えて、今回の一連のイベントで、市場は需給構造の脆弱性と、金利のアップサイドのイベントリスクを強く認識した。2月のマクロビューでは、3%到達には相応の時間を要すると述べた。しかし、今後の財政関連のイベント次第では、もはや遠い将来の話ではなく、近い将来に射程圏内に入り得るアップサイドリスクとして現実味を帯びてきたと言わざるを得ない。





シニアマクロストラテジスト
渡邊 誠