日銀の利上げスタンスを読み解く(前編)
~3月のタカ派発信から見えた日銀の目指す利上げの到達点~
2026年5月1日
● 日銀の自然利子率の再推計結果を踏まえると、インフレ目標を加味した中立的な政策金利の目線はおおむね1.5%と試算される。
● 一方、日銀は需給ギャップの推計をマイナスから大幅なプラスへと上方修正しており、標準的なテイラールールに当てはめると、今サイクルの利上げの最終着地点は2.0%が視野に入る。
● 3月の一連のタカ派発信は、利上げペースの加速と着地点の引き上げを市場に織り込ませるための地ならしであり、実際に市場は2.0%の着地を織り込んだ。
● 状況は日銀の思惑通りに進んでいたが、中東情勢への警戒から4月の利上げは見送られた。日銀が描く利上げ路線が本当に実現可能かについて、後編で検討する。
4月28日の金融政策決定会合で、日銀は市場予想通り、利上げを見送る判断を下した。3月の相次ぐタカ派的な発信を受けて、市場では4月会合での利上げ織り込みが一時7割に達する場面もあったが、4月に入り、日銀から中東情勢によるサプライチェーンへの影響を警戒する発信がされたことで、4月会合での利上げ期待は急速に萎んだ。
本稿の前編では、3月のタカ派発信に込められた日銀の意図を読み解きながら、日銀が最終的にどこまで金利を引き上げたいと考えているのかを考察する(図表1、2)。その上で後編では、日銀の意図通りに利上げを進めることが本当に可能なのかについて検討していく。2月5日付マクロビュー『日本の長期金利3%到達は間近なのか?』でも述べた通り、日銀がどこまで利上げを行うかは、長期金利の動向を規定する。より正確に言えば、日銀がどこまで利上げをするかの市場の織り込みが、長期金利の動向を見通す上で重要である。
中立金利の目安は1.5%
中央銀行の金利政策において、ひとつの大きな目安となるのが中立金利である。経済やインフレが均衡状態にある場合の金利であり、経済が過熱している、あるいはインフレが持続的に目標を上回っていれば、金利を中立水準以上に引き上げて金融環境を引き締める。逆に下回っていれば、金利を引き下げて緩和するというのが金融政策の基本的なメカニズムである。
したがって、まずは日銀が考える中立金利の水準を把握することが不可欠となる。ここで注目すべきは、日銀が3月27日に公表した日銀レビュー『自然利子率の動向と金融緩和度合いの評価』である。日銀はGDPの基準改定を踏まえて最新データで自然利子率を再推計し、6つのモデルによる推計レンジをマイナス0.9%程度からプラス0.5%程度と提示した。推計には、海外経済の影響や過去のデフレ期のデータ特性などによる高い不確実性が伴うため、モデルによって結果のばらつきは大きい。日銀自身も「推計値には相当なばらつきがある」と明記しており、過度な依存は禁物である(図表1)。
しかし、推計値全体としては緩やかな上昇傾向が確認されており、そのうち半数のモデルがマイナス0.5%近辺に収れんする動きを見せている。不確実性は念頭に置きつつも、足並みを揃えたこのマイナス0.5%という数字は、現時点での自然利子率のひとつの目安となるだろう。ここにインフレ目標である2%を加味すると、中立的な政策金利の目線はおおむね1.5%になるという計算が成り立つ。
基調インフレは2%に接近
中立金利の目線が定まったところで、次に重要となるのが、経済とインフレに関する日銀の現状評価と先行きの見通しである。インフレについては、特殊要因などのノイズが多く基調が掴みにくい状況が続いていた。しかし、日銀が3月30日に公表した日銀レビュー『基調的な物価上昇率の概念と捉え方』によれば、一時的な要因を除外した指標や、中長期の予想物価上昇率、さらには経済モデルによるトレンドインフレ率といった複数のアプローチから見ても、基調的な物価は2%に相応に近づいているとの見解が示されている。インフレ状況は、日銀の目標とする持続的かつ安定的な2%インフレの達成に相当接近していると評価してよいだろう(図表3、4)。
最大のサプライズは需給ギャップのプラス改定
筆者にとって、日銀の一連の発信の中で最大のサプライズだったのが、3月26日に公表された需給ギャップの再推計である。日銀の従来の推計では、日本の需給ギャップは2022年第2四半期以降、一貫してマイナスで、2025年第3四半期の需給ギャップはマイナス0.35%であった。ところが今回の新推計では、需給ギャップは2022年第1四半期以降、一貫してプラスとなり、2025年第3四半期の需給ギャップについては、プラス0.45%へと0.8ポイントも上方修正された。つまり、日本経済は従来考えられていたよりも早い段階で需要不足を脱却し、すでに需要超過の状態で力強さを増していたという、景気判断の抜本的な修正が行われている。その後、4月3日に公表された2025年第4四半期の需給ギャップはプラス0.65%へと一段と改善した(図表2)。
テイラールールが示唆する政策金利の着地点
この需給ギャップのプラス転換は、政策金利を中立水準よりも高く引き上げる必要性を示唆している。ここで、政策金利の適正水準を導き出す代表的な計算式であるテイラールールを当てはめてみよう。標準的な形(適正金利 = 均衡実質金利 + 目標インフレ率 + 0.5 × 需給ギャップ + 1.5 × インフレギャップ)に、均衡実質金利:マイナス0.5%、目標インフレ率:2.0%、インフレギャップ:ゼロ、需給ギャップ:プラス0.65%と置けば、妥当な政策金利の水準は1.8%強という結果が導き出される。あくまでも目安ではあるが、日銀が今後も景気の拡大を見込んでいることを踏まえれば、今回の利上げサイクルの最終的な着地点は1.8%強よりも上、具体的には2.0%あたりが視野に入ってくることになるだろう(図表5)。
3月のタカ派発信に込められた日銀の狙い
市場が織り込む政策金利の着地点は、昨年末の時点ですでに1.75%に達していた。そうした中で、日銀が3月にタカ派的な発信を強めたのには、大きくふたつの狙いがあったと推測される。ひとつは、利上げペースを速める必要性の示唆である。基調インフレが2%に近づいているという日銀の評価を前提にすれば、理屈上、あるべき政策金利の水準は、中立金利により早く近づくべきである。このメッセージを受け取り、市場は実際に4月の利上げを織り込みに動いた。
もうひとつは、政策金利の最終到達点をより高く設定するための地ならしである。需給ギャップの大幅なプラス改定は、金利の着地点が従来の想定よりも高くなる可能性を強く示唆するものだった。当時、市場の政策金利の織り込みは1.75%で、上記で想定される中立水準を上回る状況にあった。その状況で、需給ギャップの上方改定という追加的な発信は、今サイクルにおける利上げの着地がさらに上になる可能性を示唆するものであった。実際、市場は着地点として2.0%を織り込みにいく展開となった(図表6)。
このように、状況は概ね日銀の思惑通りに進んでいた。しかし、緊迫化する中東情勢という外部要因が、結果的に4月の利上げを阻む形となってしまった。2月末に始まった米国・イスラエルによるイラン攻撃は、一時的な停戦状況が続いている一方で、ホルムズ海峡の封鎖は続いたままで、原油価格は高騰が続いている。サプライチェーンへの影響も警戒される中では、さすがに日銀も利上げを強行することはできなかったということだろう。
もっとも、日銀の判断を縛っているのは、こうした外部環境だけではない。日銀は本当に描いたシナリオ通りに利上げを進めることができるのか。後編では、日銀の利上げを縛る制約要因を整理し、想定される利上げ経路がどこまで現実的なのかについて詳しく検討していきたい。
シニアマクロストラテジスト
渡邊 誠



