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混乱続くウクライナ情勢とポートフォリオ戦略
シナリオ別に考えるアセットアロケーションの「攻め」と「守り」

2022年3月18日

1.相場急変時、ポートフォリオ戦略の基本の「き」

2.シナリオ別に考える「戦術的アセットアロケーション」

3.地政学リスクの経験則と戦術的アセットアロケーションの注意点

はじめに

2月24日のロシア軍によるウクライナ侵攻から約3週間が経過しました。両国による停戦交渉については、双方の主張の隔たりは徐々に狭まりつつありますが、早期収拾に至るかは見通しにくい状況です。

この間、国土が戦場となったウクライナはもちろん、西側諸国による厳しい経済制裁を科されたロシア経済も大きな打撃を受けており、国際金融協会(IIF)によれば、2022年のロシアの国内総生産(GDP)成長率はマイナス15%まで落ち込むことが予想されています。そして制裁側である西側諸国も、ロシアからの資源エネルギーや食糧の供給が滞ることによるスタグフレーション(物価上昇をともなう景気減速)懸念が台頭し、金融市場でリスク資産の多くが大幅に価格調整しており、経済制裁の返り血を浴びた格好です。

こうした「地政学リスクの暴発」という想定外の事態を前にして、私たちはどのような投資行動をとればよいのでしょうか。

   


1.相場急変時、ポートフォリオ戦略の基本の「き」

■突発的な出来事を受けて相場が急変した場合、ポートフォリオ戦略としての基本の「き」は、長期的な見通しに基づく戦略的なアセットアロケーション(資産配分)の維持と分散投資の継続です。


■戦略的なアセットアロケーションは、長期の見通し(各資産の期待リターン、リスク、資産間の相関)と、投資家の許容するリスク水準に応じて決められます。そして、この「長期の見通し」には今回のように数年に1度発生する市場の混乱も含まれているので、前提となる「長期の見通し」が変わらない限り、根気強く戦略的なアロケーションを維持することが重要になります。一昨年の「コロナショック」でもそうであったように、市場の急変・急落を前に動揺して長期の投資戦略を大きく変えてしまうと、思わぬ損失をこうむることになりかねません。


■ちなみに、弊社の試算した年率5%のリターンを目指す戦略的アセットアロケーションは、内外株式及び内外債券を中心に、REITなど幅広い資産に分散したポートフォリオになります。

■市場が急変している局面でも、積み立て型の投資であれば淡々と「同金額」での時間分散投資を継続することが賢明かと思われます。また、短期的には資金の出入りが発生しないポートフォリオでも、市況変動により生じた資産配分の「時価ブレ」の調整を定期的に行い、戦略的なアセットアロケーションを維持することが重要でしょう。このような一貫した投資戦略を継続することで、リスク資産の大幅な調整を絶好の「押し目買いの機会」として活用することが可能となります。こうした戦略的アセットアロケーションの維持と分散投資の継続が、市場が急変した局面におけるポートフォリオ運用の基本の「き」といってよいでしょう。

2.シナリオ別に考える「戦術的アセットアロケーション」

■長期見通しに基づく戦略的アセットアロケーションを維持し、分散投資を継続することは極めて重要ですが、とはいえ、市場の変動性が急激に上昇する局面では、そのストレスに投資家自身が耐えられなくなるケースが起こりうるのも事実です。また、過去の金融危機などでも見られたように、こうした市場の変動性の異常な水準への上昇は、平常時にはない「千載一遇の投資チャンス」と背中合わせであることもまた事実でしょう。

■そこで本章では、今後のウクライナ情勢について想定されるシナリオと、中短期の投資ホライズンにおける戦術的(タクティカル)なアセットアロケーションについて考えてみたいと思います。

   


今後のウクライナ情勢、4つのシナリオ

■今後のウクライナ情勢について、弊社では以下の4つのシナリオを想定しています。

  シナリオ1:外交的な停戦合意(ウクライナの優位確立のケースを含む)

  シナリオ2:ロシアの優位確立による緊張状態の緩和(軍事行動の終息)

  シナリオ3:ロシアの軍事行動長期化(西側のウクライナ支援長期化)

  シナリオ4:軍事紛争の更なる拡大

これらのシナリオについて、その発生確率を精緻に見積もることは困難と言わざるを得ませんが、上記のシナリオ毎に投資環境を整理し、相場の流れに乗ってリターンを狙う「攻め」と、既に保有している資産が受けるダメージを和らげる「守り(ヘッジ)」とに分けて、戦術的なアロケーションを検討してみたいと思います。

  


シナリオ1:外交的な停戦合意(ウクライナの優位確立のケースを含む)

■ロシア・ウクライナ両国代表による停戦合意が成立し、紛争が早期に収束する場合、西側諸国によるロシアへの経済制裁は早晩解除に向かうものと想定されます。この場合、世界経済は成長を持続(物価は高めながらも低下基調、成長率は鈍化も高め維持)し、市場では急速なリターン・リバーサルが発生するものと思われます。具体的には、内外株式などのリスク資産が急回復する一方、これまで上昇を続けてきた原油をはじめとする資源エネルギー、貴金属、コモディティなどが急落することが予想されます。

■こうした市場環境における戦術的アセットアロケーションの「攻め」としては、欧州株を中心とした内外株式の買いと、資源エネルギー、貴金属、コモディティの先物の売り、市場の不透明感後退により低下するVIX先物の売り、などが考えられます。


■一方、ポートフォリオへのダメージを回避する「守り」としては、世界経済が成長軌道に回帰することで欧米の主要中銀の利上げモードが本格化することから、外国債券の売りヘッジや、これまで逃避先としてリスクを回避したい資金が集まっていた米ドルの売りなどがあげられます。

  


シナリオ2:ロシアの優位確立による緊張状態の緩和(軍事行動の終息)
シナリオ3:ロシアの軍事行動長期化(西側のウクライナ支援長期化)

■シナリオ2及び3では、紛争の状況は異なるものの、経済制裁の観点から見た市場や経済への影響は、時間軸に若干の相違はあるものの、全体としては大きな違いはないと考えられます。


■この2つのシナリオでは経済制裁は部分解除(シナリオ2)、ないしは経済制裁が継続されても北大西洋条約機構(NATO)加盟国間の足並みの乱れや中国によるロシア支援などにより、時間の経過とともに経済制裁の実効性が薄れていくことが想定されます(シナリオ3)。


■このため、世界経済はグロースリセッション(物価はやや高め、低成長持続)となり、市場は不安定な状況を続けながらも徐々に底打ちし、緩やかなリターン・リバーサルとなるものと考えられます。そして経済成長については、地域間でばらつきが生じる(中国>日米>西欧の順)こととなりそうです。

■また、ドイツをはじめとする西欧諸国は、長期的な対ロシア政策を抜本から見直す必要に迫られることから、電源構成や安全保障政策を大きく見直してくることが予想されます。


■こうしたシナリオにおける「攻め」としては、相対的に経済の成長力に勝る中国株や日米株の買いに加え、ロシア産原油・天然ガスの輸入削減により需要が急増する「再生可能エネルギー」、「原子力発電」、「液化天然ガス(LNG)」が投資テーマとして注目される可能性が高そうです。また、今後の西欧諸国における安全保障コストの上昇を背景に、「国防」や「衛星ビジネス」も、フォローの風を受けることとなりそうです。


■一方の「守り」としては、今回の紛争の当事者であり、日米中との比較で経済の回復力に欠け、更に足元で進むインフレに対処するため利上げを進めざるを得ない欧州のエクスポージャー(株式、債券)全般がヘッジ売りの対象となりそうです。

シナリオ4:軍事紛争の更なる拡大

■今後更に紛争が激化・拡大する場合、例えばロシアが戦術核兵器の使用に踏み切るようなケースでは、西側諸国による経済制裁が継続・強化されるだけでなく、制裁に公然と反対しながらロシアへの支援を続ける中国も、その対象に含まれてくる可能性があります。こうしたリスクシナリオが現実化した場合、世界経済はスタグフレーションの様相を呈することとなり、金融市場ではこれまで見られたようなリスク資産売り、資源エネルギー・貴金属・コモディティ買い、資金逃避先としてのドル買いなどが続くだけでなく、欧州における金融危機なども織り込む展開を想定する必要がありそうです。


■こうした状況ではリスク資産がほぼ全面安となるため、おのずと「攻め」手も限られることになります。加えて、これまで全面高の様相を呈してきた商品市況でも、景況感の更なる悪化を受けて銅などの産業用途が主となる資源価格は、不安定となる可能性がありそうです。

■したがって、シナリオ4で「攻め」として機能しそうな戦術的なアロケーションは、景気変動に関わらず安定した需要が見込まれる原油先物などの資源エネルギー、貴金属でも工業用途ではなくインフレヘッジとして選好される金などの貴金属、株式では資源エネルギー関連、再生可能エネルギー関連、原子力、国防、省エネ関連を投資候補に挙げることができそうです。そして通貨については、資金の逃避先である米ドルやスイスフランに買いが集まるものと想定されます。


■一方の「守り」については、内外株式のヘッジ売りや通貨ユーロのヘッジ売りに加え、欧州金融機関などの破綻リスクをヘッジするデリバティブ取引の一種であるクレジットデフォルトスワップ(CDS)の買いも候補として挙げることが出来そうです。

3.地政学リスクの経験則と戦術的アセットアロケーションの注意点

■米国によるイラク戦争は2003年3月に始まり、「衝撃と畏怖(Shock and awe)作戦」と呼ばれた激しい攻撃は開戦当初の約18日間で終わりましたが、米軍はその後も8年以上にわたり泥沼のイラク戦争を戦い続けました。ちなみにイラク戦争では米国の若者約3万人が犠牲となりましたが、2003年の死者は2,416人(約8%)に過ぎず、多くの戦死者はその後の地上戦・ゲリラ戦で発生しました。また、1998年に今回と同じくロシアの侵攻により始まった第2次チェチェン紛争は、終結まで約10年の期間を要しました。この間、現地では凄惨な戦闘が続きましたが、市場で材料視されることはほとんど稀でした。


■こうした経験則からいえるのは、地政学リスクが暴発した場合、①紛争が長期化しても相場がリスクシナリオの織り込みを終えてしまうと市場の振れ幅は徐々に小さくなり、②その後は社会・経済が新しい制約条件に適応していく中で市場は実体経済に先んじて回復トレンドに回帰していく可能性が高い、ということです。


■今回のロシアによるウクライナ侵攻については、ソーシャルメディアなどで悲惨な映像が拡散され西側諸国の世論が激高したこともあり、ロシアにはかつてない厳しい経済制裁が課されることとなりました。しかし、ロシア産のエネルギーに依存する西欧諸国の本音は複雑です。例えば、米英が打ち出したロシア産原油の禁輸措置について、同調することに躊躇している国があるのも事実です。また、これまでもロシアの天然資源を大量に輸入してきた中国(ロシアにとって最大の原油輸出先)は西欧諸国による経済制裁に一貫して反対を表明しており、中露両国の蜜月関係が経済制裁を骨抜きにする可能性があることにも留意が必要でしょう。


■本稿で取り上げたシナリオ分析に基づく戦術的アセットアロケーションは、あくまでも短中期的な投資ホライズンを念頭に置いたものであり、長期の戦略的アセットミックスの補完的な位置づけに過ぎません。特に、想定したシナリオが実現しても市場が逆方向に振れてしまった時の損切りなど、その実行には機動的な判断と行動が求められることを、改めて強調しておきたいと思います。

※個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。

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