2025年6月17日
三井住友DSアセットマネジメント
チーフグローバルストラテジスト 白木 久史
【マーケットの死角】
AI需要で加速するトランプ流「電力革命」
バイデン時代のレガシーの破壊と再生
トランプ大統領は政権発足後にハイペースで大統領令を連発し、前バイデン政権の目玉政策である気候変動対策を次々と反故にしてきました。中でも、電気自動車(EV)や再生可能エネルギーへの補助金のとりやめは、イーロン・マスク氏のビジネスを直撃する可能性が高いこともあって、二人の決別を引き起こした可能性が報じられています。前バイデン政権時代のレガシーともいうべき気候変動対策は破壊されるだけでなく、皮肉にも「トランプ流」での活用が活発化しつつありますが、そのインパクトの大きさにも関わらず気に留める人はまだ少数派なようです。
1. トランプが破壊するバイデン時代のレガシー
■前バイデン政権は2022年8月にインフレ抑制法(IRA: Inflation Reduction Act)を施行させ、2030年までに温室効果ガス排出量を2005年比で40%削減、約4,000億ドルを再生可能エネルギーなどに投じる米国史上最大規模の気候変動対策を実行に移しました。
■しかし、化石燃料の有効活用による米国経済の活性化を目指すトランプ大統領は、新政権発足後に「国家エネルギー緊急事態」を宣言、あわせてIRA関連の補助金や規制の見直し・撤回を命じる大統領令に署名、①EV購入補助金の撤廃、②太陽光発電を始めとする再生可能エネルギー関連の補助金の停止、③IRAに基づく資金支出を即時停止、④各省庁への関連する環境規制の撤回・改定計画の提出を指示し、前政権のレガシーを破壊して見せました。
冴えない展開が続く気候変動関連銘柄の値動き
■トランプ政権下で大統領令は早速実行に移され、5年間で計50億ドルのEV充電インフラへの助成金は停止され、来年度予算にはEV購入者への税控除の終了や、太陽光発電への補助金廃止などが盛り込まれることになりました。
■そして、5月22日には米下院が再生可能エネルギーへの補助金の廃止を含むトランプ大統領の税制・歳出法案を可決したことを受け、米国の太陽光発電設備大手のサンラン社など関連銘柄の株価は、急落することとなりました(図表1)。こうしたホワイトハウスの政策転換は、テスラ社でEVや太陽光発電を手掛けるイーロン・マスク氏としてもある程度は予想できたとは言え、心中穏やかではいられなかったように思われます。

2. 「トランプ流」で転用される59兆円の巨額資金
■トランプ大統領による前バイデン政権時代のレガシーの破壊が進む一方、投資家の視点からは見逃すことができない動きがあります。それは、前政権が用意した巨額の資金がトランプ流のエネルギー政策に転用される可能性が高まっていることです。
■米エネルギー省(DOE)融資プログラム・オフィス(LPO)は、再生可能エネルギーやEV関連企業などに総額数十億ドル規模の融資を行っていました。しかし、前バイデン政権下でのIRA施行により大幅な機能と規模の拡充が図られ、融資キャパは約4,120億ドル(約59兆円)に引き上げられることとなりました。こうした連邦政府による貸出しは「グリーン・バンク」とよばれ、前バイデン政権では気候変動対策を金融面で強力にバックアップする役割を担う事となりました。
■しかし、2024年の大統領選挙でのトランプ大統領の当選後、このグリーン・バンクはローンの中止や回収へと追い込まれ、一度はその役割を終えたかに思われました。しかし、この行き場を失った約4,000億ドルの資金について、ホワイトハウスは「トランプ流での活用」を検討していることが報じられています。
■具体的には、原子力発電所の増設などに、このグリーン・バンク資金を活用することが2026年度の予算に盛り込まれることとなりそうです。また、新型の小型原子炉(SMR)や原子力の技術開発について、今後2年間で約670億ドルの融資保証やその他の信用供与が行われることが伝えられています。

■こうしたホワイトハウスによる政策転換に市場は敏感な反応を見せています。特に、短工期で低コスト、さらに安全性も高いとされるSMRへの関心は高く、世界で初めてSMRの米原子力規制委員会(NRC)の設計認証を取得したニュースケール社の株価は、ここもと大きく上昇しています(図表2)。
3. AI需要で加速するトランプ流「電力革命」
■現在、米国は電力需要の爆発的な拡大に直面していると伝えられています。米エネルギー情報局(EIA)の長期予測では、米国にある発電所の発電容量は、2022年時点の約1,132.7GW(ギガワット)から2050年には約2,199.3GWへと倍増するものと予測されています(図表3)。
■こうした電力需要急増の背景には、AIモデルの開発や運用のために急増する、大規模データセンター向け電力需要の拡大があるとされています。また、製造業の国内回帰による生産活動の活発化や、自動車やビルの電動化なども、そうした電力需要の拡大に拍車をかけているようです。

■ちなみに、DOEが所管する研究所の報告では、米国のデータセンター向け電力需要は2023年の約176TWh(テラワット毎時、電力総需要の約4.4%)から、2028年には最大で約580TWh(同12.0%)にまで急増することが予想されています。
■トランプ大統領はエネルギー緊急事態を宣言して、前民主党政権による再生可能エネルギー重視の政策を180度転換するとともに、化石燃料や原子力発電による電力供給の大幅拡充を行うことで爆発的に増加する国内の電力需要に対応しようとしているようです。そして、融資目的を転換させたグリーン・バンクの約4,000億ドルの巨額資金がこうしたトランプ流の「電力革命」を金融面から強力に推進することで、関連する業界や企業に大きな恩恵をもたらすことが期待できそうです。
発電能力の急増で待ったなし、送電網の拡張と高度化
■爆発的な増加が見込まれる電力需要に応えるためには発電所の増設が不可欠ですが、それだけでは問題は解決しないでしょう。というのも、発電能力に送電網が追いついていかないと、いくら発電を増やしても必要な場所に十分な電気を届けることができないからです。このため、トランプ大統領はエネルギー供給と安全保障の観点から「送電網の信頼性と安全性を強化する大統領令」に署名し、電力網の拡張と高度化へと大きく踏み出しました。
■米国の送電容量の増加ペースは年平均約2%程度に留まり、電力需要や発電能力の増加ペースに大きく見劣りするとされています。また、ホワイトハウスによれば、全米の送電網に設置された約8,000万台の変圧器は使用年数が平均で40年を超えるなど、設備の老朽化が深刻で大規模な更新、高度化が待ったなしの状況となっていると伝えられています。
■このため、今後は積極的な電源開発と歩調を合わせる形で、送電ロスを抑えながら長距離で大量の送電を可能にする「高圧直流送電」や、AIを始めとするハイテクを活用して電力供給を最適化させるスマート・グリッドを活用した「次世代の送電網」の整備・構築が、国家プロジェクトとして動く可能性が高まっています。そして、クアンタ・サービシーズ社のような米国のスマート・グリッド関連銘柄の株価は、ここもと堅調な推移を見せています(図表4)。

■現在、送電周りの主な技術革新としては、①発電機から出力される直流を電圧の変更が容易な交流に転換するコンバーター、②送電ルートの変更やトラブル時の遮断など安定的な送電網の運営に不可欠な高速スイッチング・デバイスや半導体、そして、③ロスの少ない長距離送電を可能にする高圧直流送電のためのケーブルや変圧器の開発、などで新製品の開発競争が加速しているようです。そして、こうした技術開発や生産投資に前出のグリーン・バンクによる資金供給が波及するなら、米国における送電網の高度化と拡張の動きが更に加速することが期待できそうです。
まとめに
巨大な版図(はんと)を誇った元朝の初代皇帝フビライ・ハン(クビライ・カァン)は、26年の歳月をかけてモンゴル帝国の首都となる巨大都市「大都」を現在の北京の地に建造しました。しかし、1368年に元が明に滅ぼされたことで大都は陥落し、モンゴル王朝の首都は破壊され地中に埋められました。そして、今でも故宮(紫禁城)の地下には、モンゴル皇帝たちが暮らした大宮殿の遺跡が眠っているとされています。
トランプ政権は前政権による気候変動対策を破壊し、その瓦礫の上にトランプ流のエネルギー政策を打ち立てようとしているように見受けられます。こうしたエネルギー政策の急旋回は、異民族の前王朝によるレガシーを破壊し、地中深くに埋めた上で新たな施政をしいた、中世中国の王朝交代を彷彿とさせます。そう考えると、米国内の分断の根深さを思わずにはいられません。
※個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。
関連マーケットレポート
- マーケットの死角