ホームマーケットマクロビュー日銀短観に見る日本企業の変化 ~供給制約緩和の兆候と日本株の中長期的な上昇余地~

日銀短観に見る日本企業の変化 ~供給制約緩和の兆候と日本株の中長期的な上昇余地~

2026年8月7日

● 6月短観では、景況感や国内需給が底堅さを保つ一方、非製造業を中心に人手不足感が緩和した。


● マクロの労働投入が増えていないことを踏まえると、労働移動や人員配置の効率化に加え、これまで積み上げられてきた省力化・システム投資の効果が表れ始めた可能性がある。


● 業種別データでは、全体として明確な相関は確認できないものの、情報サービスの影響を除いた参考推計では、ソフトウエア投資の増加と人手不足感の緩和との間に緩やかな相関が見られた。


● 今後、生産性や利益率の改善を伴って供給制約の緩和が続けば、日本企業の利益成長とROEの持続性が高まり、利益成長とバリュエーションの両面から日本株の上昇を支える構造変化となり得る。


需要が底堅いなかで人手不足感が緩和

6月の日銀短観で筆者の目を引いたのは、雇用人員判断DIで、非製造業を中心に、幅広い業種に人手不足感の緩和が見られたことである。改善幅は総じて小さく、現時点では限界的な変化にすぎない。ただ、それでも注目すべきなのは、人手不足感の緩和が、必ずしも需要の悪化を伴っていない点である。景気が失速し、企業の受注や生産活動が弱まった結果、必要な人員が減り、人手不足感が緩和したのであれば、特別な意味はない。しかし今回の短観では、景況感は高止まりし、国内の需給判断には改善が見られた。つまり、需要が底堅さを保つなかで、人手不足感が和らいでいるのである(図表1、2)。


図表1 :日銀短観 国内での製商品・サービス需給判断DI 図表2 :日銀短観 雇用人員判断DI


通常、需要が強まれば、必要な労働投入量は増え、人手不足感は強まりやすい。それにもかかわらず人手不足感が緩和したのであれば、供給側に何らかの変化が生じている可能性がある。


第一に考えられるのは、労働供給の増加である。「年収の壁」の緩和などを背景に、短時間労働者の就業調整が弱まり、一人当たりの労働時間が延びた可能性がある。また、女性や高齢者、外国人などの就業が増え、企業が以前より円滑に人員を確保できるようになったことも考えられる。


しかし、この間、就業者数の増加が続いた一方で、一人当たりの労働時間は減少し、マクロの労働投入は増えていない(図表3、4)。少なくとも、今回の人手不足感の緩和を、マクロの労働供給量の増加だけで説明することは難しそうだ。労働移動や企業内の人員再配置も寄与した可能性はあるが、もう一つの有力な説明として浮かび上がるのが、企業が一定の需要に対応するために必要とする労働投入量が減少した、すなわち労働生産性が改善した可能性である。


図表3 :就業者数と平均就業時間(当社季節調整値) 図表4 :労働投入量(当社季節調整値)

省力化投資の効果が表れ始めた可能性

筆者の仮説は、世界に先駆けて労働力人口の減少という困難な課題に直面し、「人手不足先進国」、「課題先進国」と呼ばれてきた日本が、設備投資やデジタル化によって、その課題を限界的ながら克服し始めたのではないか、というものである。日本企業はここ数年、人手不足への対応として、省力化設備やシステムへの投資を積み上げてきた。投資の実行から現場への定着、生産性への反映には時間を要する。その効果が、ようやく人手不足感の緩和という形で表れ始めた可能性があるのではないか(図表5、6)。


図表5:日本の潜在成長率(日銀推計) 図表6 :名目GDPに占める設備投資比率


日本企業については、長らく投資不足が指摘されてきた。しかし、名目GDPに対する設備投資の比率や、利益の配分という観点から見れば、企業がまったく投資してこなかったわけではない(図表7、8)。日本企業は画期的な製品や市場を生み出すプロダクト・イノベーションが弱いと指摘される一方、既存の工程を改善し、品質や効率性を高めるプロセス・イノベーションを得意としてきた。省人化設備や業務システムへの投資は、その延長線上に位置づけられる。人手不足という強い制約に直面した企業が、得意分野である工程改善を加速させ、その成果を上げ始めたとしても不思議ではない。


図表7:TOPIX500企業の営業キャッシュフロー、投資、還元の動向 図表8 :S&P500企業の営業キャッシュフロー、投資、還元の動向

業種別データは部分的に仮説と整合

もっとも、業種別データは、この仮説を全面的に裏づけているわけではない。国内需給判断DIから推計される雇用人員判断DIと実績値との差を用いて、需要要因だけでは説明できない人手不足感の変化を業種ごとに試算し、過去5年間の設備投資およびソフトウエア投資の累積増加率と比較したが、全業種を含む推計では明確な相関は確認できなかった。


ただし、情報サービスを除いた推計では、ソフトウエア投資の累積増加率と人手不足感の緩和度合いとの間に、緩やかな正の相関が観測された(図表9~12)。サンプル数が限られるうえ、外れ値の扱いによって結果が変わるため、結果は幅をもって解釈する必要はあるが、それでも設備投資全般に比べ、ソフトウエア投資の方が人手不足感の緩和との関係がやや明瞭に見られたことは、デジタル化が一部の非製造業で必要人員の抑制に寄与し始めたという本稿の仮説と整合的である。


図表9:非製造業の国内需給と人手不足感 図表10:非製造業の業種別の国内需給と人手不足感



図表11:人手不足感の変化と設備投資の関係 図表12:人手不足感の変化とソフトウエア投資の関係



例えば、今回、人手不足感の緩和が見られた業種の中では、宿泊・飲食サービスでは過去5年間に設備投資が大きく増えており、運輸・郵便ではソフトウエア投資の大幅な増加がみられている(図表13、14)。対個人サービスでも、ソフトウエア投資が堅調に増加している。セルフレジや予約・配車システム、在庫管理の高度化、バックオフィス業務の自動化など、一つひとつの効果は小さくても、それらが積み重なることで、需要の増加に対して必要となる追加人員を抑えられるようになった可能性があるのではないか。


図表13:日銀短観 設備投資(前年度比%、実績) 図表14:日銀短観 ソフトウエア投資(前年度比%、実績)


一方、建設ではソフトウエア投資が増えているにもかかわらず、人手不足感は緩和していない。デジタル化しやすい事務・管理業務と異なり、現場作業を代替するには、ロボットや自動運転、いわゆるフィジカルAIの進化が必要なのだろう。技術による労働代替の難易度が業種によって異なるということである。


生成AIも、限界的には人手不足の緩和に寄与し始めている可能性がある。一部報道では、AIによる業務代替を背景に、ITエンジニアの一部工程で需給や賃金に変化が生じているとされる。短観でも情報サービスの人手不足感には緩和が見られた。ただし、同業種ではシステム投資は増えておらず、一方で情報サービスを含む情報通信業では労働投入が増えており、足元のデータは、筆者の仮説を必ずしも支持していない(図表15、16)。AIサービスへの支出は設備投資ではなく費用として計上される場合もあるため、従来のソフトウエア投資額だけでは実態を捉えきれない可能性がある。


図表15 :情報通信業の就業者数と平均就業時間(当社季節調整値) 図表16 :情報通信業の労働投入量(当社季節調整値)

利益成長と日本株への含意

これまで日本経済では、人手不足が供給制約となり、需要があっても数量を増やせないことが成長の壁とされてきた。しかし、省力化によって既存の人員でも生産やサービスの提供を維持・拡大できるなら、企業は需要の増加に応じて、数量を拡大しやすくなる。これは、日本株の評価を考えるうえでも重要である。日本経済は、価格を引き上げにくいデフレの世界から、価格転嫁が可能な名目成長の世界へ移行している。そこに生産性の上昇が加わり、数量も維持・拡大できるなら、売上高の増加は一段と持続的になる。人件費や減価償却費の増加を吸収して利益率が改善すれば、ROEの上昇にもつながる。


もっとも、生産性やROEの上昇が、そのままPERの上昇を意味するわけではない。金利や株主資本コストの上昇は、PERを抑制する方向に働く。それでも、供給制約の緩和によって中期的な利益成長率が高まれば、EPSの拡大を通じて日本株を支える要因となる。さらに、その成長の持続性に対する投資家の確信が強まれば、金利上昇などの影響を勘案しても、日本株に適用されるPERの水準が切り上がる余地はある。すなわち、供給制約の緩和は、利益成長とバリュエーションの両面から日本株を支える可能性がある(図表17、18)。


図表17 :日、米、欧企業の税引き後利益マージン 図表18 :日、米、欧企業のROE

構造変化の兆候か、それとも一時的な現象か

6月短観が示したのは、変化の兆候、場合によっては変化の可能性にすぎないだろう。とはいえ、人手不足が一方向に深刻化するだけだった日本で、企業が投資と技術によって供給制約への対応力を高めた可能性については、現実的な可能性として注視していく必要があるのではないか。今回の業種別分析では、情報サービスを除いた場合に、ソフトウエア投資と人手不足感の緩和との間に緩やかな相関が見られた。決定的な証拠ではないが、省力化投資の効果が顕在化し始めたという仮説を、個別事例だけでなく業種横断的にも検証する手掛かりが得られたといえる。


今後、需要が底堅い業種で人手不足感の緩和が続き、労働生産性や利益率の改善が同時に確認されれば、この仮説の確度は高まる。日本企業が、国内で人が足りないから拡大できないフェーズから、少ない人員でも拡大できる段階へ移行するのであれば、それは日本経済だけでなく、利益成長とバリュエーションの両面から日本株の中期的な上昇を支える、大きな転換点となり得る。



マクロ調査グループヘッド
渡邊 誠