再度のドル高圧力に国際金融市場は耐えられるか
~ドル一段高は新興国の金融引き締め強化と景気下振れ要因となる~
2026年6月18日
● 米ドルは米利上げに対する期待先行で強含んでいく傾向がある。この先米国経済の堅調と高金利の組み合わせが意識され、米国の利上げ期待が続く限り、米ドルの上昇圧力は高まる。
● ドル一段高は新興国を中心に金融引き締め強化と景気下振れ要因となりやすい。国際金融環境にストレスがかかりやすい局面では、景気を支えるファンダメンタルズ、政局の安定、リスクに対する金融システムの耐性などで、どの程度リスクプレミアムを抑えられるかがポイントとなろう。
中東紛争以降、米ドルがリバウンド
中東紛争以降、市場参加者などによる原油価格見通しは上振れ(図1)、金融市場ではFF金利が上昇することを織り込み始めると同時に(図2)、米ドル指数(DXY)が再びリバウンドに転じた(図3、図4)。本稿では、この背景と米ドルの先行きについて、米国を巡る資金フロー、過去の米利上げ開始時における米ドルの動向を整理することから考察した。
米ドルは米利上げに対する期待先行で強含んでいく傾向がある。この先米国経済の堅調と高金利の組み合わせが意識され、米国の利上げ期待が続く限り、米ドルの上昇圧力は高まる。ドル一段高は新興国を中心に金融引き締め強化と景気下振れ要因となりやすい。ドル高、米金利高などで国際金融環境にストレスがかかりやすい局面では、景気を支えるファンダメンタルズ、政局の安定、リスクに対する金融システムの耐性などで、どの程度リスクプレミアムを抑えられるかがポイントとなろう。
2026年初までは他通貨建て資産への資金分散が進んでいた
米財務省の国際資本移動統計は、中東紛争を受け、証券投資を巡って海外と米国の資金がどのように反応したかを包括的に確認できる最初のデータである。これを米ドル指数の推移とあわせてみると、2025年後半から2026年2月にかけての米ドル安局面では、米国投資家による対外証券投資が活発化し、米国へのネット資金流入が減速していたことが指摘できる(図5)。潤沢な流動性、世界経済の堅調さ、米国の利下げ期待などを背景に、他通貨建て資産への資金分散が進み、フロー面からみた米ドルの上昇圧力は弱まっていたといえよう。
米国への資金流入が再び活発に
これに対し中東紛争開始後の3月には、海外から米国への資金流入が続くなか、米国からの対外投資が縮小したことで、米国への資金流入圧力が再び高まっていた。なお、足元までの資産別・地域別フローの動きが確認でき、証券投資の先行指標として活用できる投信の資金流出入データによると、米国への資金流入は5月以降、一段と活発化している。図6は、資産別・地域別にみたファンドの資金流出入データについて、2017年以降の累積推移を示したものである。目立つのは、米国ファンドへの資金流入が広く加速している点である。中東紛争を受けて米ドルの安全資産としての位置づけにくわえ、米国景気の基調的底堅さや利上げ期待などに資金が向かっているといえよう。米ドルが再びリバウンドしているのは資金が米国へ回帰したフローの動きとも整合的である。
米ドルは米利上げに対する期待先行で強含む傾向
実際に米国が利上げに転換した前後の米ドルではどのような動きが起こっていただろうか。図7は1990年以降、米国が利上げに転換したポイントを起点(1994年2月、1997年3月、1999年6月、2004年6月、2015年12月、2016年12月、2022年3月)に、その6か月前と1年後の米ドル変化率をみたものになる。
いずれの局面も米ドルは米国の利上げ開始前から強含んでいく傾向がある。米国の景気好調やインフレ懸念、FRBのタカ派的ガイダンスなどを受け、期待先行で米ドルには上昇圧力がかかっていくことが確認される。また米利上げ開始後の米ドルの動きも、米国経済の成長ペースや世界経済の動向にくわえ、米国の利上げ期待の度合がキーとなってくる。
利上げ後の米ドル安:米国のソフトランディング、世界経済の安定成長、米利上げ期待の緩和
利上げから1年後にドル安に転じた1995年2月、2005年6月、2017年12月は米国経済がソフトランディングとなるなか、世界経済が潜在成長率(3%程度)を上回る成長ペースにあった。この間の米長期金利がピークアウトしていたことが示唆するように(図4)、米利上げ期待の緩和や世界景気の堅調を受けたリスクセンチメントの改善により、米ドル建て資産から他通貨建て資産への資金分散が進んだことが米ドルの上昇圧力が緩和した要因といえる。ただ1995年については、1994年末からのメキシコ通貨危機により、メキシコ経済の低迷による米国景気への影響、米国の経常赤字の拡大などが注目され、ドル建て資産を保有するインセンティブが低下したことが米ドルを下押しした側面もある。
利上げ後の米ドル一段高:米利上げ期待の継続、国際金融システム不安
一方利上げ1年後に米ドル高が進んだ1998年3月、2000年6月、2023年3月は米国経済が高金利下でもまだ堅調な成長を続けていた。また2016年12月はリーマン危機による大幅金融緩和後の本格的な金融引き締めが織り込まれ始めた時点となる。市場による米国の利上げ期待がまだ高かった時期といえ、その間は米ドル高が続くことが確認される。なおこうした米ドル高が本格化するなか、1997年7月、1998年8月、2015年8月には、新興国からの資金流出が加速しアジア通貨危機、ロシア金融危機、中国ショックが起こった。国際金融システム不安を受けた安全資産としてのドルへの回帰が更にドル高を加速させたといえよう。
米国の利上げ期待が続く限り、米ドルの上昇圧力は高まる
足元の国際金融市場の動向をみると、商品市況の好調、一部新興国フローの堅調など、市場参加者は米国の利上げを織り込む一方で、世界経済の安定成長への期待も維持している。2月末対比でみた米ドル指数の上昇率は足元(6月17日時点)でも3%程度にとどまっていることからも、同様のサインと捉えられる。
ただ目先より注目しておきたいのは、米ドルが米利上げに対する期待先行で強含んでいく点である。この先米国経済の堅調と高金利の組み合わせが意識され、米国の利上げ期待が続く限り、米ドルの上昇圧力は高まる可能性が高い。
原油高を受けて新興国中銀は既にタカ派化
2022年の米国の金融引き締めサイクルでは、FRBが2024年に引き締めの緩和に転じても大規模な資金流入が米国に集中していた(図9)。米ドルや米金利が高止まり新興国の金融環境には下押し圧力がかかり続けていたが、それでも新興国資産からの全面流出を免れていたのは、世界経済の安定にくわえ、各国経済のファンダメンタルズの改善、財政・金融政策運営への信認などにフローが支えられていたためである。
しかし2026年3月以降、新興国の中央銀行は中東紛争による原油価格の高止まりを主因に、インフレ懸念への対応から既に利下げを停止、あるいは若干引き締め的な方向に政策転換を始めている(図10)。資源国を中心に今のところ限定的な対応にとどまっているのは、各国通貨の対ドルレートが依然として堅調で輸入インフレの抑制要因となることや、景気回復を支えるファンダメンタルズへの期待が維持されているためである。
ドル一段高は金融引き締め強化と景気下振れ要因となる
米国の利上げ期待が浸透してドル高(通貨安)が進めば、新たなインフレリスクとして新興国中銀は金融引き締めを強化せざるを得なく、景気の下振れリスクを高める。更に国際金融環境がタイト化しリスクセンチメントが悪化するなかでは、ビハインドザカーブ懸念や対外脆弱性から通貨安が加速、通貨防衛のため景気に配慮できず大幅引き締めを余儀なくされる国も出てこよう。新興国からの資金逃避が世界的なリスク選好度の低下に広がれば、国際金融システム不安に発展する可能性が視野に入ってくる。国際金融環境にストレスがかかりやすい局面では、インフレ安定を重視した早めの金融政策対応を取りスタグフレーション懸念を阻止できるか、そうした対応を可能にする政治体制か、国内需要は利上げに耐えうる底堅さがあるか、政府が財政規律を順守する意向を示しているか、外貨準備余力などを材料に、どの程度リスクプレミアムを抑えられるかがポイントとなろう。
シニアエコノミスト
山下 節子



