ホームマーケットマクロビュー原油高騰による金利上昇が続くのか?~70年代との比較から考える、利上げへの波及構造~

原油高騰による金利上昇が続くのか?

~70年代との比較から考える、利上げへの波及構造~

2026年4月27日

● 対イラン戦争を背景に原油価格は急騰したが、米国のエネルギー依存度の低下やシェール革命による純輸出国化など、経済構造の変化により、米国経済は原油高に対して耐性を増している。

● 労組組織率の低下やCOLA条項の消滅などを背景に、原油高が賃金へと波及するパスも70年代に比べ弱まっている。またインフレ期待も安定しており、非アンカー化リスクは限定的と判断される。

● 金融政策には相当の波及ラグがあり、Fedが一時的な原油価格の変動に都度反応する可能性は低い。コア物価や中長期インフレ期待の推移を精査する時間帯が続きそうだ。

利上げ期待の台頭

イラン戦争を背景とした原油価格の高騰により、26年の利下げ期待は大きく巻き戻され、一方で利上げを部分的に織り込む動きがみられる。今現在は原油価格が持続的に高騰するとの懸念が幾分後退してきたこともあり、利上げを真剣に懸念する声はほぼ聞かれなくなってきた。しかし、今回のようなショックが利上げにつながるリスクがあるのかを考えておくことは、今後の金融政策を予想する上で、無駄ではないだろう(図表1、2)。


図表1:ブレント原油価格(期近) 図表2:Market Probability Tracker

70年代のスタグフレーション

最近の地政学リスク(供給ショック)による原油価格の高騰は一見、スタグフレーションが生じた1970年代を想起させる。果たしてどうか。まず1970年代の原油価格の変化を振り返ると、第1次オイルショック時はバレル当たり約3㌦から13㌦超へと急騰(約+330%)、その後74~78年にかけては10㌦前半で高止まりした。その後第2次オイルショックが起こると、原油価格は79~80年にかけて約15㌦から40㌦へ上昇した(約+160%)。


一方、今回の米イラン戦争は26年2月末からまだ2か月しかたっていないが、ブレント先物価格は約70㌦から一時118㌦(約+68%)まで上昇。しかし最近はピークアウトの動きをみせ、100㌦前後での推移となっている。


次に同じ供給ショックによる原油価格の高騰でも、スタグフレーションに至るか否かを、いくつかの視点から探りたい。まず、米国経済の原油依存度がこの間、大きく変化したことは周知の通りだ。例えば原油輸入量を名目GDPで除した原油依存度を確認すると、オイルショック時はかなりの上昇をみせたが、近年は着実に依存度が低下していることが分かる。この背景には、米国経済がエネルギー効率を上げたことがあり、確かに米国のエネルギー原単位(GDP1単位を生み出すために必要なエネルギー)は年々、低下してきている(図表3)。


かつ2010年辺りからはシェール革命により原油輸入量が減ったことなどが指摘される。そして2020年辺りには、米国は石油・ガスを合わせたエネルギー全体で、純輸出国に転換している。つまり米国は原油価格の高騰により儲かる国(所得が海外から流入する国)に転換したのである。また今回のようにホルムズ海峡の封鎖により供給ボトルネックが生じた際も、米国は石油の国際価格から逃れられないが、現物不足に陥るリスクは小さいことも意味する。(図表4)


図表3:エネルギー原単位 図表4:原油輸入量依存度



次に原油高が生じた際の国内経済への波及について確認したい。今回は原油価格(ブレント)、コアPCEデフレーター、賃金(平均賃金、非農業部門)の3変数VARを推定し、70年代と20年代(昨今)の累積インパルス応答関数を比較した。これによると、原油価格のコア物価への波及は70年代よりも昨今の方がより緩やかである可能性が示されている。またより注目すべきは、コア物価が賃金に波及するパスであろう。70年代は24か月後に賃金がおよそ0.4%まで上昇したのに対し、20年代は僅か0.15%程度の上昇に留まっている。これは米国経済において、物価上昇が賃金スパイラルに発展しづらくなっていることを示していると考えられる(図表5、6)。


この構造変化の背景として考えられるのは、一つは労働組合の弱体化、すなわち賃金決定プロセスの変化であろう。70年代には民間部門の労組組織率は約30%に達しており、現在の約10%と比べて大幅に高かった。また当時の労組協約にはCOLA(生計費調整条項)が盛り込まれており、インフレ上昇が賃金に反映されやすい制度的仕組があった。さらに複数年にわたる長期契約も珍しくなく、賃上げ圧力が一定期間継続しやすい環境にあったことも指摘できるだろう。


図表5:原油のコアインフレへの波及 図表6:コア物価の賃金への波及

金融政策による対応

70年代のスタグフレーションはオイルショックという外的要因だけでなく、それが経済に波及する上での内在的、構造的要因があったことをみてきた。さらに、金融政策の失敗が大きく影響したこともよく言われるところだ。当時のFedはコストプッシュ型のインフレに対して金融政策の効果は限定的とされ、また政権も議会も中央銀行も、雇用を優先するのが常識であった。このため、Fedは長い間、インフレ抑制には消極的であった。


インフレ状態が続くと、人々が「今後もインフレが続く」と考え始め、経済行動を変化させていく。企業は将来のコスト上昇を前提に価格設定を見直し、労働者はインフレを理由に賃上げを要求するだろう。この結果、インフレは期待の変化を経てさらに加速していくことになる。こうした「インフレ期待の非アンカー化」は70年代のスタグフレーションの大きな要因であったとみて間違いないだろう。しかし、この状況を問題視したボルカー議長(79年就任)は、インフレ抑制を徹底するために、政策金利を20%超まで引き上げるという歴史的引き締め政策を実施した。その後、米国経済は深刻な景気後退に陥ったが、インフレ期待は徐々に安定化し、中央銀行への信認が再構築されていった。


昨今のインフレ期待はかつてよりもかなり安定している。インフレ期待については長期系列をとることが難しいが、本稿ではクリーブランド連銀のデータ(82年~)を用いて、このことを確認したい。


一つ目はインフレ期待の1年先から30年先までの期間構造を用いて、異なる期間のばらつき(Dispersion Index)を作成、インフレショックが期待形成全体にどう波及したかを確認した。すると80年代前半は高水準で推移しインフレ期待が不安定化していたことが分かる一方、直近は安定した推移になっていることが分かる。つまりインフレ期待はアンカーされている可能性が高い。但し、この指数はコロナショック以降にも上昇がみられるため、今後の推移には注意が必要だろう(図表7)。


二つ目は、移動標準偏差(Rolling Volatility)を用いて、1年、10年のインフレ期待の変動性がどのように推移してきたか計測した。これによると、短期は多発するイベントショックにより近年も高めに推移している一方、長期の変動性はかつてよりも抑制されていることが分かる。こうした変化は、中央銀行がインフレ目標を明示的に示し、コミュニケーションをとり、かつそれを裏付ける政策運営を積み上げてきたという、努力の結果でもあろう。インフレ期待が安定している限り、供給サイドからの一時的な物価上昇は、経済全体に波及しづらいだろう。経済主体は恒常的な物価上昇ではないとの認識の下では、新たな価格設定や賃金交渉を控えるからだ。今回の騒動に対して、Fedが静観している一つの理由はここにあるといって良いだろう(図表8)


図表7:インフレ期待のDispersion(分散) 図表8:インフレ期待のVolatility(変動)



以上から、今回の原油価格の上昇は70年型のスタグフレーション、ひいては利上げには早々にはつながっていかないと予想する。当然、今後の原油価格の推移には注意が必要だが、これまで見てきた通り、経済構造、金融政策、すなわちエネルギー依存度の低下、エネルギー効率の向上、賃金スパイラルの弱体化、インフレ期待の安定などに、大きな変化が生じていることを強調したい。この点が理解できれば、短期的な原油価格の高騰、それによるマーケットの期待変化に対して冷静に対処していくことができるだろう。また、Fedの政策判断を予測する上でも有益であろう。


パウエル議長は3/30、ハーバード大学での講演で、「金融政策が経済に波及するまでに相当な時間のずれがある。よって一時的な原油価格の変動に都度、反応することはできない。価格上昇が持続的になってくれば注意が必要となってくるため、コア物価やインフレ期待の動向を注意深く監視する必要がある」とした。現時点ではコア物価もインフレ期待も安定をみせている。今般の米イラン戦争による騒動は、70年代の供給ショックによる原油価格の高騰時との類似点よりも、相違点の方が多く、その影響を単純に同一視すべきではないだろう。



シニアエコノミスト
猿渡 英明