米長期金利はもう一段上がるのか?~原油3シナリオで検証する4.5%の壁~
2026年4月8日
● 足元の米10年金利上昇(4.5%接近)は、原油高によるインフレ懸念を背景としたFRBの利下げ期待の後退(リスク中立金利の上昇)が主因であり、タームプレミアムの寄与は限定的である。
● 原油高が沈静化する楽観シナリオでは金利は4%台前半へ落ち着きやすい一方、原油高が長引くリスクシナリオでは4.5%近辺を再度試し得るが、持続的に上振れて定着するには、利上げ期待とタームプレミアムが同時に上振れ、かつ景気が崩れないという厳しい条件が必要になる。
● 原油価格が急騰するテールリスクシナリオでは、FRBが利上げに動けば景気悪化を通じて長期金利は低下に向かう。
一方、FRBの様子見が続けば不確実性から一時的に4.5%を上回る展開も否定できないが、最終的に高水準が定着する可能性は高くない。
● 日米短期金利差からドル円のヘッジコストが高いため、米国債への投資は為替オープンが基本となる。日本企業や家計による構造的な対外投資フローを背景に円安圧力が強まりやすく、為替介入があっても短期的な効果にとどまる公算が大きい。
イラン紛争と米金利の急上昇
イラン紛争によりホルムズ海峡の正常な航行が滞る中、原油価格が高騰し、インフレ懸念からグローバルの債券市場で金利が上昇している。米10年金利は、紛争前の2026年2月27日には4%を一時下回ったが、3月27日には取引時間中に一時4.48%まで急上昇し、4.5%をうかがう展開となった。足元(4月6日時点)は4.33%とやや落ち着きを取り戻したものの、依然として紛争前を大きく上回る水準にある(図表1、2)。
今後、米長期金利はこのまま落ち着くのか、それとも再び上昇し、4.5%を超えていくリスクがあるのか。本稿では、2026年2月5日付マクロビュー『日本の長期金利3%到達は間近なのか?』で整理した金利決定のメカニズム(将来の短期金利の期待値+タームプレミアム)と、2026年3月18日付マクロビュー『原油価格を踏まえた日本株のシナリオ分析』で提示した原油価格の3シナリオ(楽観・リスク・テール)に基づき、米10年金利の動向を考察する。
なお、中東情勢に関しては、依然として不透明感の強い状況が続いている。4月8日の日本時間早朝、トランプ大統領は、ホルムズ海峡の開放を条件に2週間のイラン停戦で合意したと表明したが、このまま状況が沈静化するのかは定かではなく、依然としてリスクシナリオの可能性も排除できないように見える。本稿では、前稿との整合性も踏まえ、3シナリオの位置づけを維持しつつ、議論を進める。
足元の金利上昇はFRBの利下げ期待の後退が主因
2月5日付マクロビューで述べた通り、長期金利は「将来の短期金利の期待値(リスク中立金利)」に、需給や不確実性を反映した「タームプレミアム」が上乗せされたものと整理できる。NY連銀は、ACMモデルを用いて、米10年金利をこの2要素に分解しているが、筆者の分析では、同モデルから算出されたリスク中立金利は、2~3年先の政策金利(FF金利)の織り込みと強い連動性を持つ(図表3、4)。
2月27日と3月27日の米10年金利の終値を比べると、3.94%から4.43%へと49bp上昇したが、うちリスク中立金利の上昇が34bp、タームプレミアムの上昇が15bpで、上昇の大宗はリスク中立金利で説明される。同期間において、2年先のFF金利は2.78%から3.21%へと上昇しており、原油価格高騰によるインフレ懸念で、FRBの利下げ期待が後退し、リスク中立金利が押し上げられたことが、米10年金利の上昇のドライバーとなった。
今後、長期金利は一段と上昇するリスクがあるのか、それともこのまま落ち着いていくか。以下、原油価格の3シナリオ別に、米10年金利の先行きの見通しを整理する。
今後のシナリオ別考察:楽観・リスク・テール
(1)楽観シナリオ(中東問題が短期収束、原油価格も75ドルへ低下)
原油高が短期で沈静化すれば、インフレ懸念も持続的なものとはならず、利下げ期待が一段と後退する展開は考えにくい。また、紛争が短期収束すれば、戦費拡大による財政悪化も避けられ、タームプレミアムの上昇も抑えられる。楽観シナリオでは、米10年金利は4%台前半に向けて落ち着く公算が大きい。
本シナリオにおけるリスクは、原油価格が落ち着いても、サービスインフレや賃金の粘着性が再びクローズアップされ、短期金利の見通しが切り上がっていく可能性である。直近3月の米雇用統計では、雇用者数が予想以上に大きく増加した。とはいえ、2月までは雇用者数は抑制気味で、最近の雇用統計は振れが大きいことも踏まえると、FRBの利上げが意識されるほどに、雇用者数が持続的に大きく増加するとは考えにくい。
(2)リスクシナリオ(ホルムズ海峡の航行が制限され、原油100~120ドルで半年以上高止まり)
100~120ドルの原油価格が長期化すれば、インフレが加速する一方、実体経済は抑制され、スタグフレーション圧力が強まる。このとき、FRBがインフレを警戒して利上げに舵を切るのか、様子見ないし利下げに舵を切るのか。カギを握るのは、中長期のインフレ期待の動向と雇用情勢である。中長期のインフレ期待が上昇すればFRBはタカ派化を迫られるが、雇用調整が速い米国では景気悪化も顕在化しやすく、デュアルマンデート(物価の安定と雇用の最大化)を有するFRBは時間をかけて見極める公算が大きい。実際、パウエル議長を始め、複数のFRB高官も同様の姿勢を強調している。
ウクライナ戦争時は、金融政策が超緩和的で、拡張財政により家計が潤沢な余剰貯蓄を抱える中、原油高が重なり、中長期のインフレ期待が加速していた。当時の問題はスタグフレーションではなく、需要の強い回復がもたらしたインフレーションであった。足元は当時ほど需要が強い局面ではなく、政策金利も中立レンジの上限にある。中長期のインフレ期待が当時ほど加速する蓋然性は高くなく、FRBが利上げに踏み出すハードルは高い。利上げ、ないし市場の利上げ織り込みへの転換は、あくまで追加的なリスクとの位置づけが妥当である(図表5、6)。
タームプレミアムに関しては、紛争の長期化度合いに依存する。紛争が長期化すれば、財政コストが膨らみ、タームプレミアムを押し上げる要因になり得る。ただし、ホルムズ海峡の航行が正常化しない状況でも、仮に米国が軍事関与の縮小や早期終結を優先すれば、戦費は抑えられる可能性がある。また、仮に財政コストが膨らんだ場合でも、米財務省はこれまで同様に短期国債の発行で資金を賄い、長期国債の発行を抑制することで、長期金利の上昇抑制に腐心すると見られる。
(3)テールリスクシナリオ(原油150~200ドルへ急騰)
本シナリオは、ホルムズ海峡の事実上の封鎖が続き、経済が供給制約に直面することを念頭に置いている。原油価格が急騰すれば、さすがに中長期のインフレ期待にも一定の上昇圧力が掛かる可能性があるが、一方で、実体経済への負の影響も大きくなる。雇用の調整速度が速い米国では、企業の雇用カットが急速に進みやすく、リスクシナリオと比べて、FRBはより難しい選択を迫られるだろう。FRBがインフレ上昇に重きを置き、利上げに舵を切れば、利上げが景気悪化を早め、将来の利下げを織り込む形で、リスク中立金利は低下し、結果的に米10年金利は低下に向かうと見られる。一方、FRBが雇用の下方リスクに軸足を置き、利上げに踏み切れず様子見が続く場合、インフレ収束への確信が揺らぎ、不確実性の上昇を通じてタームプレミアムが一時的に上振れする局面もあり得る。この場合、米10年金利が一時的に4.5%を上回る展開は否定できない。ただし、供給制約で経済の天井が低い状況が続くため、株式市場の回復は遅れる。リスク資産から安全資産への資金シフトが生じれば、米10年金利の低下圧力となる。資源輸出国の米国であっても、多くの財を輸入に依存している以上、アジアや欧州が供給制約に陥れば無傷ではいられない。最終的に、4.5%を上回る10年金利水準が定着する可能性は高くないと見込む(図表7)。
以上を踏まえると、米長期金利がここから持続的に上昇し、4.5%超えが定着するハードルは高い。米10年金利が持続的に上振れるには、利上げ期待とタームプレミアムが明確に上振れることが条件だが、そのためには、原油高の長期化を起点に、インフレの不確実性と財政拡大が同時に意識され、かつ景気が崩れないという厳しい条件の組み合わせが必要になると考えられる(図表8、9)。
為替はどうなるか?
米債への投資を考える上では、為替動向も極めて重要になる。米国の短期金利が日本の短期金利を大きく上回っている現状では、為替のヘッジコストが高く、ヘッジ付きでの米国債投資の妙味は小さい(米社債に関しては、クレジットスプレッドがあるため、為替ヘッジ付き投資も検討の余地がある)。したがって、米国債への投資は、為替オープンが基本となる。
円高が進めば、米債投資のリターンが削られるが、筆者は、構造的に一本調子で円高にはなりにくいと予想している。日本企業は経営資源の有効活用の観点から海外M&Aを活発化させ、新NISAを通じた家計の外株投資も拡大しており、こうした対外投資フローが円安圧力につながっている。他方、原油高による貿易収支悪化懸念がある中でも、足元で大幅な円安が進んでいないのは、当局の牽制に加え、リスク回避局面でこれらの対外投資のフローが一時的に弱まっているためである(図表10、11)。
シナリオ別に見ると、楽観シナリオの場合は原油価格が低下するものの、リスクテイクの再開で対外投資フローが復活し、円安圧力が強まりやすい。リスクシナリオでは対外投資フローの回復は遅れ得るが、原油高による貿易収支の悪化が実需面からの円安圧力となり得る。どちらのシナリオになっても、円安圧力が強まる可能性が高いというのが筆者の見立てである。
テールリスクシナリオに陥った場合は、為替の予測が難しくなる。相対優位の米国に資金が向かうのか、リスク回避が続き対外投資フローが滞るのか、両者の綱引きになる。また、原油の供給制約の下では、価格が急騰しても輸入数量は大きく減り、貿易収支が極端には悪化しない可能性も考えられる(図表12)。
円安が進んだ場合のリスクとして、当局による為替介入が挙げられる。もっとも、2024年の介入局面を振り返っても、一時的には急激な円高が進んだが、その後、結局は投資フローに押され、円安基調に回帰している。構造的な対外投資フローや貿易収支悪化による実需フローを背景に円安圧力が強まりやすく、為替介入があっても短期的な効果にとどまる公算が大きい。
シニアマクロストラテジスト
渡邊 誠



