再評価が進む新興国資産 ~ 強化されたマクロファンダメンタルズ
2026年2月16日
● 2025年後半以降、国際金融市場で新興国資産の選好度が高まり、新興国の成長優位性に改めて焦点が当たっている。
● この背景には世界経済の安定、米国の利下げ余地などの外部環境改善に加え、中長期で見た新興国経済のファンダメンタルズの改善と安定性の高まりがある。
● 新興国でも中央銀行の独立性強化やインフレ目標の導入、変動相場制への移行が進み、インフレの安定を実現し市場の信認を高めている可能性がある。
新興国資産の選好度が高まる
2025年後半以降の国際金融市場で注目される動きは、先進国資産に比べて出遅れていた新興国資産のパフォーマンスに変化の兆しが出ている点といえる。MSCI株価指数の地域別の騰落率をみると2025年以降は新興国株が総じて先進国株をアウトパフォームした(図表1)。投信を巡る資金流出入の動きを確認しても、2025年後半から足元にかけて新興国ファンドへは幅広く資金が入り続けている(図表2)。
世界経済の不確実性が後退
この背景として第一に考えられるのは、トランプ関税による世界の生産・貿易活動へのマイナス影響が限定的なものにとどまっていることである。世界生産量(図表3)は2025年も大崩れすることなく底堅い推移を保った。世界需要の代替指標といえる金属価格もプラスの伸びを維持し、これは世界経済が潜在成長率程度(3%)の安定した成長を確保できることを示唆する。世界経済の不確実性が後退したことは、新興国資産を含めたリスクアセット全般の価格サポート要因になったといえる。
また商品市況の動向が新興国の交易条件の改善につながってきた面もある(図表4)。図表5は第一次産品の貿易特化係数((輸出額-輸入額)/(輸出額+輸入額))をグラフにしたものである。新興国をグループとしてみると、燃料は一部の産油国以外は輸入国である一方、農産物、鉱物は中南米を中心に輸出競争力の高い国が多い。最近の商品市況はエネルギー価格が下落する一方、非エネルギー価格は好調であり、こうした資源価格の動きは輸出価格の上昇、輸入コストの低下を通じて主要新興国の交易条件改善要因となり、新興国の経済成長を後押しする面があるとみられる。
新興国のインフレ率が安定化
今回の新興国の独自要因としてよりフォーカスされるのは、中長期で見た経済のファンダメンタルズの改善と安定性の高まりである。特に注目したいのはインフレ率の変化だ(図表6)。新興国の消費者物価指数(CPI)前年比は2025年8月以降、4%を下回る推移が定着し始めており、先進国インフレとの差異は1%台にまで縮小した。主要新興国別にCPI前年比のレベルをみても、多くの国のインフレ率が低下を続けていることやインフレ目標レンジ内で安定化していることが確認できる。
新興国も含め世界のインフレ率は2022年の急上昇のあと、2023-25年にかけてディスインフレ傾向にある。この間の新興国の金融政策運営は、1) インフレ抑制に向け先進国に先駆けて利上げに転じた、2) インフレの緩和を受けた金融引き締めの解除も、インフレの動きを除いた実質政策金利(政策金利-CPI前年比)が依然としてプラス圏にあることから、ディスインフレペースに沿ったものにとどまる。利下げのフェーズにおいてもインフレの上振れを警戒する慎重なスタンスを続けていることが読み取れる(図表7)。
新興国で中央銀行の独立性強化やインフレ目標の導入が進む
背景には、新興国でも中央銀行の独立性強化やインフレ目標の導入が進み、中央銀行がインフレ安定(抑制)を第一目標に、政府などから独立して金融政策運営(金融引き締め)を実施するようになってきていることがあるとみられる。図表8は、Romelli (2024)による155か国の中銀独立性指数について、IMFの先進国、新興国・地域別定義に基づいて分類し、指数の平均値をとったものである。中銀独立性指数は、政策委員、金融政策、政策目標、政府への与信制限、財務、情報開示の6つの項目の独立性について指数化し、0から1で示したものである。
まず1990年代に多くの先進国において中銀法の改正など多くの独立性を高める改革が行われ独立性指数が急上昇して以降、多くの国、地域で上昇傾向にある。2000年代に入ると先進国の指数が高水準で横ばいとなるなか、新興国はメキシコ通貨危機(1994年)、アジア通貨危機(1997年)、LTCM危機(1998年)、世界金融危機(2008年)、コロナショック(2020年)などの金融・経済危機を経るたびに制度を改善して中銀の独立性向上を進め、先進国のレベルに近づきつつある。新興国の金融政策制度改革は先進国より緩やかなペースで進められてきたが、足元では地域の指数平均値が総じて中位となる0.5を優位に超えるレベルに達してきた。このことは、新興国においても経済・金融の安定に向けた制度がかなり整備されてきたことを示している。追加的にいえば、1990年代の金融危機を受けて1990年代後半に多くの主要新興国が変動相場制へ移行した(図表9)。為替レートの変動により、国内の経済・インフレ状況に応じて政策金利を設定しやすくなり、金融政策の柔軟性が増した点も新興国経済の安定化要因として指摘できる。
インフレ安定化を通じて市場の信認に結び付く
では実際に中銀の独立性と新興国経済にはどのような関係が成り立つだろうか。図表10は新興国(IMF定義)について、横軸に独立性指数(2023年)、縦軸に消費者物価指数前年比の10年平均(2016年~2025年)として描いた散布図である。グラフからは独立性とインフレ率に負の相関があり、中銀の独立性が強いとインフレ率は抑制される関係が読み取れる。また図表11は主要新興国の対ドルレート前年比(10年平均)を縦軸とし、横軸は消費者物価指数前年比(10年平均)として描いた散布図である。中央銀行の独立性強化やインフレ目標の導入などでディスインフレが継続している国ほど通貨価値が高まり、市場の信認に結び付いている可能性が示唆される。
新興国経済の持続的な安定性がグローバルなマクロ環境の堅調維持につながる
新興国経済はインフレの安定維持と慎重な金融引き締め解除のもと、4%超の力強い成長を継続している。一方、先進国の経済成長は2%をやや下回る横ばい推移が予想されており、新興国の成長優位性に改めて焦点が当たり始めている。この背景には、世界経済の先行きに関する不確実性が後退したこと、米国の利下げ余地やドル高一服による金融環境のタイト化の後退などの外部環境改善にくわえ、新興国経済のファンダメンタルズに対する市場の信認が高まった影響も大きい。世界経済の4割超(ドル建てGDPベース)を占める新興国経済の安定性が高まることは、グローバルなマクロ環境の堅調の維持にもつながろう。その意味でこの先も新興国経済のファンダメンタルズの動向は国際金融市場の安定要因として注目される。
なおこうした新興国の中長期的なファンダメンタルズの改善が安定した経済成長につながるかどうかについては、各国経済の成熟度や発展段階、中銀の独立性との関係、財政規律や政府債務、政治システムなどより多くの変数が影響してくるとみられる。このため今後より詳細な分析が必要である。ただこのレポートで指摘したように、近年では多くの新興国で変動相場制のもとインフレ目標の導入を進めている。こうした金融政策運営の向上が経済のファンダメンタルズに対する市場の信認を高め為替レートやインフレ期待を安定させるとともに、国内の経済・インフレ状況により柔軟に対応できるようになったことが、安定した経済成長の一因になっている可能性は高いだろう。
シニアエコノミスト
山下 節子



