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主要先進国の長期金利の上昇~タームプレミアムは連動するか

2025年12月17日

● 主要先進国の長期金利の上昇や高止まりが注目されている。最近の主要先進国におけるタームプレミアム(長期金利の構成要素)の動向を、国際連動性の観点から分析した。財政赤字の拡大、インフレの不確実性、中央銀行のQT(量的引き締め)、国際資本移動といった構造要因が同時進行するなか、タームプレミアムは各国固有の要因にとどまらず、国境を越えて連動する傾向を強めている可能性がある。


● 米国・英国・ドイツ・日本のタームプレミアムを用いた分析の結果、米国のタームプレミアムの上昇は他国に有意に波及しており、とりわけ英国への伝播が強く、日本への影響も軽視できないことが示唆された。この背景には、米国の長期金利がグローバルな割引率の基準として機能し、国際裁定取引などを通じて海外市場に影響を及ぼしていることがあると考えられる。


● 金利や資産価格の分析においては、国内要因に加えて、特に米国のタームプレミアムの動向を起点として、その国際的な伝播経路や波及の強弱を見極めることが重要になっていると考えられる。

1. はじめに

2023年以降、米国・英国・ユーロ圏・日本といった主要先進国において、長期金利の構成要素であるタームプレミアム(term premium)の上昇や高止まりがみられる。特に米国や英国では、利下げ局面においても長期金利が十分に低下しない現象が観察されており、政策金利見通しとは異なる要因が長期金利を押し上げている可能性が示唆される。


タームプレミアムの上昇には、財政赤字の拡大、インフレの不確実性、中央銀行のQT(量的引き締め)、国際資本移動、政治リスクなど、複数の構造要因が関与していると考えられる。加えて近年は、これらの要因がグローバルに同時進行するなかで、タームプレミアムが各国固有の現象にとどまらず、国際的に連動しながら変動する傾向を強めている可能性がある。


本稿では、タームプレミアムの上昇の背景を整理したうえで、米国・英国・ドイツ・日本のタームプレミアムを用いた時系列分析により、米国を起点とする国際的な波及構造を考える。

2. タームプレミアムの概念と近年の動向

タームプレミアムとは、投資家が長期債を保有する際に引き受ける将来の金利(債券価格)変動リスクに対して要求する補償である。長期金利は一般に、以下のように分解される。


長期金利 = 予想短期金利の平均 + タームプレミアム


本稿では、長期債保有に伴う金利変動リスクを「期間リスク」と呼び、その市場価格として観測される上乗せ利回りを「タームプレミアム」と整理する。

予想短期金利は金融政策スタンスの影響を強く受ける一方、タームプレミアムは財政のリスク、インフレの不確実性、国債需給、投資家のリスク選好などに左右され、中央銀行が直接コントロールすることは難しい。


タームプレミアムの推計は難しいため、本稿では、近似として10年国債利回りと10年OIS利回りの差をタームプレミアムの代理指標として用いる。図表1は主要先進国における10年国債利回り、図表2はタームプレミアム(代理指標)の推移を示している。米国・英国・ドイツの10年国債利回りは、2022年以降、インフレ率上昇と政策金利引き上げを背景に大きく上昇した。その後、インフレ率がピークアウトし政策金利が低下しても、10年国債利回りは高止まりする傾向が続いている。日本は欧米に遅れて金利が上昇しており、日銀の利上げ幅(ターミナルレート)や財政政策の影響などが注目されている。タームプレミアムは2023年以降、上昇ないし高止まりが顕著であり、特に米国の上昇が英国や他地域にも波及しているようにみえる。


図表1:主要国の10年国債利回り
図表2:主要国のタームプレミアム(代理変数)

3. タームプレミアム上昇の背景

3.1 財政赤字の拡大

第一に、主要国の財政赤字の拡大と国債供給の増加が、グローバルにタームプレミアムを押し上げていることがある。図表3に示すIMFの見通しによれば、米国では政府債務残高のGDP比の上昇が見込まれており、将来の国債供給に対する市場の警戒感が強い。欧州においても、防衛費やインフラ投資の拡大を背景に、国債供給は中期的に増加する見通しである。

3.2 インフレの不確実性

第二に、インフレの不確実性がタームプレミアムを押し上げている点が挙げられる。インフレ率の短期的な変動性は低下しているものの、インフレの先行きに関する不透明感は依然として強い。とりわけ米国では、関税引き上げや産業政策を通じた生産の国内回帰の動きが、生産コストを押し上げる要因となる可能性があり、インフレが上振れするリスクが意識されている。また、英国においてはEU離脱(Brexit)後の物流や労働供給の制約により、原材料コストや賃金が構造的に上昇しやすい環境が続いている。財政拡張もインフレの不確実性を高める。


さらに、エネルギー転換、地政学リスク、気候変動といった要因は各国共通のショックとして作用しており、インフレ経路に対する不確実性を高止まりさせている。サーベイベースの期待インフレは概ねアンカーされているといわれているものの、図表4に示したように米国や英国の水準はコロナ危機前に比べると高く、分布のばらつきも残存している。

図表3:政府債務残高のGDP比
図表4:中長期の期待インフレ率

3.3 QTによるタームプレミアムの再評価

第三に、主要中央銀行がほぼ同時期にQE(量的緩和)からQT(量的引き締め)へ転換したことで、長期国債市場における期間リスクが再び民間投資家に移転し、その結果としてタームプレミアムが再評価された点である。図表5~図表8が示すように、国債発行残高に対する中央銀行の保有割合が低下する局面で、タームプレミアムは各国で上昇しやすくなっている。

図表5:FRBの米国政府債保有シェアとタームプレミアム
図表6:BOEの英国政府債保有シェアとタームプレミアム
図表7:ドイツ連銀のドイツ政府債保有シェアとタームプレミアム
図表8:日本銀行の日本政府債保有シェアとタームプレミアム

3.4 海外通貨当局の米国債への投資の変化

第四に、米国については、中国など海外通貨当局による外貨準備運用の見直しが米国債需要を弱め、タームプレミアム上昇圧力として作用しているとみられることである。米国債発行残高に占める海外通貨当局の米国債投資残高の割合は低下傾向にあり、最近ではタームプレミアムと逆相関を示している(図表9)。

こうしたなか、米国では利下げ局面においても長期金利が下がりにくい「逆コナンドラム(謎)」が生じている。

図表9:海外通貨当局の米国債投資と米国のタームプレミアム

4. タームプレミアムの国際連動性:米国を起点とする波及

タームプレミアムは国際的に連動しているのだろうか。ここでは、米国から他国への波及の可能性について考える。

4.1 国際連動が生じるメカニズム

理論的には、タームプレミアムは各国の財政構造やインフレ不確実性といった国内要因に依存する側面が強い。しかし近年は、以下のメカニズムを通じて国際的な連動が生じやすくなっている可能性がある。


第一に、主要国の長期国債は、グローバル投資家にとって比較的代替可能な安全資産であり、世界的なリスク選好やタームプレミアムの変化が共通因子として作用しやすい。


第二に、米国長期金利は市場規模と流動性の大きさから、事実上のグローバルな割引率の基準として機能している。このため、為替ヘッジ後利回りを基準とした国際裁定取引を通じて、米国のタームプレミアムの変化が他国国債の需給や価格形成に影響を与える可能性がある。


第三に、コロナ危機後のインフレ高進はグローバルなショックとして発生し、主要中央銀行がほぼ同時に政策調整を迫られたことで、タームプレミアムの再評価が各国で進行したと考えられることである。

4.2 推計方法

以下では、モデルによってタームプレミアムの国際的な連動性を確認する。具体的には米国、英国、ドイツ、日本の10年タームプレミアム(日次)について、4変数の可変パラメータ多変量自己回帰(TVP-VAR)モデルを用いて推計した。このモデルでは時間の流れとともにパラメーターが変化することを許容している。ここでは、コレスキー分解に基づく1標準偏差のイノベーションの影響に注目する。米国ショック後の約1か月間の波及効果を捉えるために、ホライズンは20営業日(H=20)に設定した。

4.3 推計結果:米国タームプレミアムの国際波及

図表10は、米国タームプレミアムに正のショックが生じた場合の英国、ドイツ、日本のタームプレミアムへの影響(20営業日後の累積インパルス応答)が時期によってどのように変化しているかを示したものである。推計結果によれば、最近では米国ショックは他国に有意に波及しており、タームプレミアムに国際連動性が存在することが示唆される。注目すべきは、特に24年以降、影響が強まっており、2015年以降の推計期間では特に高い影響度になっていることである。


ただし、波及の大きさには国による差があり、英国への影響が最も大きく、日本がこれに続き、ドイツへの影響は比較的小さい。波及の大きさについて、日次標準偏差を用いて20日変動幅で正規化すると、米国ショックは英国では通常の20日変動幅の約45%、日本では約26%に相当する。これらは、統計的に有意であるだけでなく、通常1か月に観測される金利変動と比べても無視できない規模の外生的ショックであることを意味する。


これらの結果は、米国のタームプレミアムが、特に英国や日本の長期金利に与える影響は軽視できないことを示唆している。

図表10: 米国のタームプレミアムが上昇したときのインパルス反応

5. 結論

本稿は、主要先進国におけるタームプレミアムの上昇を、米国を起点とする国際連動性の観点から分析した。TVP-VAR分析の結果、米国のタームプレミアムの上昇は海外市場に波及し、米国がグローバルなタームプレミアム変動の中心的な発信源となっている可能性があることが示唆された。


タームプレミアムは、各国固有のマクロ構造に加えて、グローバルな資本フローやリスク選好が重なり合う二層構造の変数である。今後の金利・資産価格分析においては、米国タームプレミアムの動向を起点として、その国際的な伝播経路と波及の強弱を見極めることが重要であると考えられる。2026年の米国の財政政策は関税や中間選挙の影響など不透明な部分があるため、日本を含む先進国の長期金利の予測や評価にあたっては、国内要因(財政、金融政策など)だけでなく、米国などグローバルな要因も注意してみていく必要がある。


マクロ調査グループヘッド 
西垣 秀樹