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ジャクソンホール通過で考える今後のポートフォリオ戦略
米株市場は仕切り直しも「最悪」は回避

2022年9月1日

1.そんなに「タカ派」だった?パウエル議長の講演内容

2.意外に冷静だった株式市場以外の反応

3.今後の相場展開とポートフォリオ戦略

毎年注目を集める米経済シンポジウム「ジャクソンホール大会」が、今年も8月25日から開催されました。同大会で26日に講演した米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、「インフレ抑制を最優先して利上げを続ける」と強調したことで、株式市場に動揺が走りました。米主要株式指数はそろって下落し、ダウ平均は前日比▲3.0%、S&P500種株価指数は▲3.4%、ナスダック総合株価指数は▲3.9%の大幅調整となりました(8月26日終値の前日比)。

   


1.そんなに「タカ派」だった?パウエル議長の講演内容

■株式市場はパウエル議長の講演に大きく売りで反応しましたが、その内容は市場参加者がビックリするほど「タカ派」的なものだったのでしょうか。講演のポイントを整理すると、①インフレ抑制まで金融引き締めを続ける、②物価安定にはもうしばらく時間がかかる、③利上げで家計や企業活動には痛みも、④今後の金融政策は今後のデータ次第、といった、いたって妥当なものでした。また、とりたてて不吉な将来を予見させるようなものでもなかったように思われます。

■特に、今後の利上げ期間については「some time(もうしばらくの間)」、家計や企業が受ける影響についても「some pain(多少の痛み)」との表現が使われており、一部で報じられているような「相当長期間の利上げ継続」や「家計・企業業績への深刻な影響」という解説とは、ニュアンスが異なるように感じられます。


■このため、利付国債と物価連動債の利回り格差から算出される期待インフレ率の当日の変動幅は、5年で▲0.05%、10年では▲0.03%の小幅低下にとどまり、サプライズと呼ぶには程遠い動きとなりました。


■それほどサプライズのある講演内容でなかったにもかかわらず、米国株式市場が大きく売りで反応した原因は、パウエル議長の講演内容にあるのではなく、「今後の利上げペースの減速やその理由を説明する」と期待して買いポジションを膨らませていた、市場の「勇み足」にあった可能性が指摘できそうです。

2.意外に冷静だった株式市場以外の反応

■株式以外の市場を見ていくと、今回のパウエル議長の講演への反応が思いのほか冷静であったことに気づかされます。


■同日の米債券市場の値動きは、「概ね予想通り」ともいえる反応でした。終値で見た2年債の利回りは前日比0.03%、10年債は0.02%の小幅上昇にとどまりました。また、8月9日には約▲0.49%まで広がっていた2年債と10年債の利回り格差(逆イールド)も、前日比▲0.02%の▲0.36%で取引を終え、利上げ加速や景況感の悪化を感じさせる動きとはなりませんでした。


■ちなみに、シカゴマーカンタイル取引所(CME)が算出する、9月開催予定の米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.75%の利上げが実施される確率は、前日比14ポイント上昇の61%となっており(8月26日終値)、市場参加者の利上げ見通しが急変した、ということもなさそうです。


■為替市場も同様で、26日の値動きを見ると、ドル円は小幅強含みとなったものの、ユーロドルはパリティ(1ユーロ=1ドル)近辺でのもみあいに終始しました。


■また、商品市況に目を向けると、景気の先行指標とされ「ドクター・カッパー」の異名をとる「銅」価格は、景況感に大きな変化がなかったためか前日比小幅の上昇で引けました。また、経済全般に変調が生じる時に逃避資金が流入する「金」価格は、パウエル講演をきっかけに下げに転じています。


■こうした他の市場動向を踏まえた上で、今回の米国株式市場の大幅調整を振り返ると、「来年早々の利下げ転換」などの買い材料を前のめりで織り込んでしまった反動、とも言えそうです。そして、パウエル議長の講演で「冷静な現実に引き戻された」というのが、株価調整の実態と言えそうです。

3.今後の相場展開とポートフォリオ戦略

■「インフレのピークアウト」、「利上げの減速」、そして「来年早期の利下げ転換」などをはやして、急ピッチで上昇していた米国株式市場ですが、こうした値動きは「投機家の無謀な賭け」の産物だったのでしょうか。


■一般に株式市場は、経済ファンダメンタルズに半年ほど先行する、と言われています。このため、株価底入れ後の反発局面で高い投資リターンをあげるためには、経済の「変化の兆候」をいち早くとらえ、先回りして買いポジションを積み上げる必要があります。

■こうした観点から最近の米国の経済指標を振り返ると、市場が「リスクオン」に傾くのもやむを得なかった側面があります。アトランタ連銀が算出する弾力価格・粘着価格消費者物価指数(CPI)を見ると、ガソリンなど変動が激しい物価指数である弾力価格CPIは7月に前月比年率換算で▲11.3%の大幅下落となり、トレンド転換が鮮明になってきました。また、帰属家賃など変動が緩やかな粘着価格CPIはジリ高傾向が続いていますが、こちらも弾力価格に半年から1年ほど遅れて追随する傾向があるため、そう遠くないタイミングで減速に転じるものと想定されます。


■また、景気についても、好調な雇用環境やガソリン価格の下落などからGDPの7割を占める個人消費が堅調なため、当面底堅い推移が見込まれます。このため、景気は減速する可能性はあるものの、顕著なマイナスには至らない「グロースリセッション」となる可能性が高いものと想定されます。

■遠からずインフレが減速し、また、景気についても深刻な後退には至らないと仮定すると、ここもとの株式市場のリスクオンはその「ペース」が早すぎたものの、「タイミング」や「トレンド」については、あながち外れていなかったと言うことが出来そうです。


■FRBは予想外の物価統計の上振れなどもあり、6月15日のFOMCで急遽0.75%の大幅利上げに追い込まれました。更に、景気見通しを大きく下方修正したことで市場の不安はピークに達し、米国株式市場は「売りのクライマックス」を迎えました。しかしその後は、経済指標や企業業績を確認しながら大底を入れ、特にインフレ指標に減速の兆しを感じ取った後は、急速に上昇ピッチを速めてきました。こうした観点から今後の相場動向を展望すると、足元で一時的に高まった市場の変動性が落ち着いてくれば、株式市場は再び「緩やかなリスクオン」に傾いていく展開を想定しておいた方が良さそうです。

 


「緩やかなリスクオン」の環境下でのポートフォリオ戦略

■「緩やかなリスクオン」の環境下でのポートフォリオ戦略の基本は、「恐れず」「弛まず」株式を中心としたリスク資産をしっかり保有して、効率的な分散投資を続けることです。もし、最近の株式市場の反発に懐疑的で買いそびれていたとしたら、今回の調整はリスク資産のウエイトを引き上げる「押し目買いの好機」と言えそうです。また、相場の下落過程で買い下がった結果、ここ数カ月の株価反発でリスク資産のウエイトに過剰感があるなら、中立水準まで落とすのも良いかもしれません。


■大切なのは、適正水準のリスク資産を保有し続けることです。株式市場の性格上、経済指標の変化を確認した後でポートフォリオを変更して、上昇相場に追随しようとしても「時すでに遅し」となることが多く、高いリターンをあげることは難しいのが現実です。このため次善の策として、時間分散をしながらリスク資産を保有し続けることが、ポートフォリオ戦略の基本となってきます。

  


「リスクオン」でもリスク資産の選別には注意を

■「緩やかなリスクオン」にしっかりと乗ることが今後のポートフォリオ戦略の基本となりますが、まだしばらくは続くインフレ、利上げ、そして景気減速の可能性などを考えると、リスク資産の選別には気を配る必要がありそうです。


■足元のような環境下では、①金利の転換点を迎えた後に株価収益率(PER)の拡大が期待でき、低成長の経済環境でも業績成長が見込める米ハイテク株、②地政学リスクを背景に需要拡大が続く防衛関連株、③気候変動・異常気象の影響で深刻化する食糧危機が追い風となる食糧関連株、④クリーンエネルギーとして再評価が進む原子力関連株、といったところが、有望な投資候補として関心を集めそうです。


■一方、米国の利上げ継続によりあぶり出される「ファンダメンタルズが脆弱」な一部の地域、国、セクターへの投資については、慎重を期す必要がありそうです。中でも、①冬場の需要期にエネルギー危機が深刻化しかねず、南欧の債務問題もくすぶるユーロ圏、②コロナ禍で財政収支が悪化し、対外債務問題が顕在化しかねない一部の新興国、③市況の急騰を背景に「追い風参考記録」で桁違いの増益と株高の恩恵に浴してきた市況関連株などについては、今後は不透明感が強まる可能性があります。


■中でも、①、②の地域、国に関連するリスク資産については、米国を中心に「緩やかなリスクオン」が続いたとしても、相対パフォーマンスで出遅れるだけでなく、同地域、国を発火点とした「金融市場の動揺」につながりかねない点も、留意が必要でしょう。

 


まとめに

昨年のジャクソンホール大会でパウエル議長は「最近のインフレは一時的」と繰り返し発言し、その後金融引き締めへ転換するタイミングを逸したことで、各方面から厳しい批判を浴びています。


このため、今回のジャクソンホール大会でパウエル議長が「インフレ抑制」を強調したのは、やむを得なかったと言えそうです。なぜなら、パウエル議長にとって「最悪の事態」は、2年続けてインフレ動向について致命的な間違いを犯すことであり、昨年の失態を繰り返すことはそのメンツにかけても、決して許されなかったからです。


今年のジャクソンホール大会を経て、米国株式市場のリスクオンは一旦仕切り直しとなりました。また同時に、インフレに対するFRBの断固たる姿勢が確認されたことで、「最悪の事態」は回避されたとも言えそうです。そして、長い目で見れば、FRBや米国経済への信認が保たれたという意味で、長期的には株式市場にとっても好ましい結果であったと言えるのではないでしょうか。

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