ホームマーケット日々のマーケットレポート吉川レポート:米中部分合意の実現性と世界経済

吉川レポート:米中部分合意の実現性と世界経済

2019年11月13日

1.フェーズ1の合意とその後の展望

2.世界経済は底打ちを模索

3.経済リスクに3つの注目点

1.フェーズ1の合意とその後の展望

■米中は10月10-11日の閣僚級協議で大筋で折り合ったことから、10月15日に予定されていた米国による追加の関税引き上げは見送った上で、11月上旬にかけ合意文書の詰めを行うと発表しました。

■11月中旬にかけての交渉、その先、いずれについても、不透明感は残ります。トランプ大統領は、今回は「フェーズ1」の合意であり、構造問題に関する交渉(フェーズ2、必要に応じフェーズ3)が続くとしています。構造問題の交渉では双方譲れない部分があるだけに、既に実施された追加関税が短期間に撤廃される可能性は小さいと思われます。今後の展開としてはなお、(1)部分的合意による追加関税延期、(2)予定された追加関税を実施した後、こう着状態に移行、(3)エスカレーション、の3つを考えておく必要がありそうです。

■ただし、中国とすれば、包括合意ではなくても、段階的・部分的交渉プロセスを受け入れれば、来年の米大統領選に向け、ある程度「時間を買う」ことができるメリットがあります。一方、トランプ政権も中国が農産物の購入拡大など、選挙向けに実績をアピールすることができます。さらに、米経済も代表的景気指標である全米供給管理協会(ISM)製造業指数の低下が目立つなど、万全ではない点も考慮に入れる必要があります。

■これらを考えると、メインシナリオとしては合意文書がまとまり、近く開催が見込まれる米中首脳会談で署名のはこびになると想定されます。この場合、12月15日の追加関税の賦課も延期され、追加関税の応酬を通じて、マイナスの影響がさらに拡大する事態は当面回避されると考えられます。

2.世界経済は底打ちを模索

■現在までの米中の制裁関税による貿易縮小や企業心理の悪化・設備投資の抑制を通じたダメージは、世界経済の成長率を▲0.5~▲0.6%程度抑制しているとみられます。米中間で部分合意が成立したとしても、2019年に関しては影響が残り、世界経済の実質GDP成長率は前年比+3.0%程度に減速する見通しです。

■しかし、米中対立の激化に歯止めがかかる場合、2020年には緩やかながら持ち直しに向かうと予想されます。その理由は以下のように整理できます。

■第1に、今回の世界景気の減速は、中国のデレバレッジの影響が出始めていたところに米中対立という「政治ショック」が加わったことで起こっています。しかし、もともと主要国・地域の民間部門では、企業の利益率が高く、労働市場も堅調な状況にありました。このため、消費など国内需要はショックに対して抵抗力を示しており、製造業と比較してサービス業が安定する傾向が鮮明となっています。

■第2に、主要国・地域が同時的に金融政策を緩和方向に修正したことで、長期金利のレンジがグローバルで更に下方へシフトしたことです。先進国の長期金利低下は、株価などの資産価格や住宅投資を支えるとみられます。また、先進国の金利が低下したことにより、対ドルでの新興国通貨の下落は限定的なものに止まりました。新興国も相次いで利下げを実施しています。

■第3に、緩やかながら多くの国・地域で財政政策がサポート要因になると考えられることです。半期ごとに発表されるIMFの財政報告(最新版は2019年10月)で景気循環調整後のプライマリーバランス(景気による税収増減の影響を取り除き、利払いを除いた収支)をみると、先進・新興国共に財政赤字が2019年は拡大する見通しです。

■第4に、在庫削減や投資先送りによる製造業の生産調整は永遠に続くわけではない、と考えられることです。例えば、IT関連の受注・生産についてはなお減少基調とはいえ、落ち込みのペースは緩やかになり始めています。減速局面に入ってすでに1年程度が経過したことで下げ止まる水準に近づいている可能性を示唆しています。製造業生産が循環的に底入れしてくれば、2020年の景気持ち直しの一因になると期待されます。

■以上から、2020年の世界経済(実質GDP成長率)は前年比+3.3%と潜在成長率(同+3.2%)を小幅ながら上回るペースに持ち直すと予想されます。

3.経済リスクに3つの注目点

政治リスク:予定通り第1フェーズの合意に至るか

■政治リスクは、10月の米中閣僚協議を経て、米中対立が激化するリスクはやや後退しましたが、近く開催が見込まれる米中首脳会合に向け、予定通り第1フェーズの合意に至るのか、市場は注視し続けることになりそうです。

■英国では、総選挙を12月12日に前倒しで行う法案を可決し、ブレグジットの是非を国民の審判に仰ぐこととなりました。引き続き英国の政局が不透明(選挙結果、国民投票の有無)である上に、欧州連合(EU)から離脱しても、移行期間後の状況が不確定です。市場全体を動揺させるリスクは低下しましたが、引き続きユーロ圏の企業心理の重石になりそうです。

■香港問題を巡る米議会の批判については、米中政府共に通商問題とは切り離す方針とみられますが、情勢が悪化した場合、中国側の対応によっては、西側諸国との対立が高まるリスクがあります。

経済リスク:3つの注目点

■グローバル景気は2019年末前後に底打ちする展開をメインシナリオにしていますが、以下の3つのリスクに留意する必要があります。第1に、自動車関連の販売生産の回復の鈍さです。IT関連の回復を自動車関連の停滞がオフセットしてしまうことがないか、一応の注意が必要です。

■第2に、米国の雇用です。米国の消費者信頼感や失業保険請求件数などに大きな変化はありません。しかし、ISMなど一部の企業景況感指数で雇用見通しが低下しています。一時的な統計の振れかどうか、実際の雇用データでチェックしていく必要があります。

■第3に、米国を中心とする企業金融の動きです。低格付けのレバレッジド・ローンの価格が低下しています。社債市場全体でみると大きな変調はありませんが、フォローしておく必要があります。

■逆にアップサイドは、IT関係の生産底打ちと欧州の財政政策が引き続き注目されます。

                                                                                                                               (吉川チーフマクロストラテジスト)

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